1. HOME
  2. インタビュー
  3. 料理が教えてくれたこと
  4. 有賀薫さん、スープ作りで提案する「いま」の食卓スタイル シンプルで楽に、旬の食材の生命感

有賀薫さん、スープ作りで提案する「いま」の食卓スタイル シンプルで楽に、旬の食材の生命感

有賀薫さん=北原千恵美撮影

【レシピはこちら】

有賀薫さん「私の一品」 香ばしさ満点「焼きねぎ豚汁」、しっかり焼いて、旨味も引き出す

きっかけは、朝起きられない息子

――有賀さんがスープ作りを始めたのは、受験生だった息子さんがきっかけだそうですね。

 そうなんです。ちょうどクリスマスでいろいろと買った食材の中に使い忘れていたものがあって、翌朝にスープを作ってみたら、すごく美味しくできたんですね。息子は朝が弱くて全然起きられなかったんですが、「美味しいスープがあるから起きない?」って言ったら、ムクって起きてきたんですよ。私に似て、食いしん坊なんですよね。美味しいものを食べ逃したくないっていう気持ちがあったんじゃないかな。

 それで「スープで起きるのかな」と思って、毎朝スープを作るようになりました。それまでは布団をはがして「起きなさーい!」って言ってもなかなか起きなかった息子が、スープを毎朝作るようになってから1週間ぐらいで自分で起きてくるようになったんです。息子は朝だけ食も細いんですけど、スープだけはちゃんと食べていたので、息子の大学受験が終わるまでの3カ月は頑張ってみようと思って。そしたら、浪人しちゃった(笑)。

――それは必然的にもう1年続けないといけない状況に(笑)。

 でも、3カ月も経つと自分が楽しくなっていたんですよね。スープを作り始めてからすぐに、せっかく作るんだからと写真に撮ってSNSにアップしていて、それを1カ月も続けていると「毎日スープを作っている、ちょっと変わった人」みたいになって、褒められることもあって。そういうのが楽しくて気がついたらハマっていたんですよね。

 それと、朝食に汁物がある生活がすごくよかったというのもあります。スープは残りものをパッと入れても作れるし、野菜もたっぷり摂れるし、朝作って残っても煮返して昼や夜に食べればごはん作りが楽になる。そういうスープの懐の深さ、生活にうまく寄り添ってくれるところがあったから、続けられたんだと思います。

――とはいえ、スープ作りを10年も続けているのはすごいです。

 同じものをずっと作っていくと、気づくことってたくさんあるんですよ。スープ作りを始める前も家のごはんを作ってきたわけですけど、仕事もしながらバタバタする中で、とりあえず食卓を整えるということを優先してしまって、料理そのものを楽しむということもできなかった。

 でも、毎日スープを作っていたら、お菓子作りにハマっていた中学生の頃に感じた「粉って面白いな」「クリームを泡立てていくと何か変わるな」といったワクワクを思い出したんですよね。そういう忘れかけていた料理の楽しさが湧き起こってきました。

スープって絵みたい

――有賀さんが感じるスープの魅力とはなんでしょう?

 私は絵を描くことも好きなんですが、スープって絵的だなと思うんです。いろんな色の野菜を使うから、スープの中にすごくカラフルな世界が広がるし、季節の移ろいとともに彩りも変わっていく。夏は実や鞘がカラフルで、秋冬になると土色や白っぽい色になっていくなと、野菜の季節を感じるようになりました。

――10年もの間、スープを作り続けてきて、自分が作るスープも変わってきたと思いますか。

 それは明らかに変わったと思います。特にスープ作りが仕事になってからは、はっきりと。それまでは自分の好みや感覚で作っていけばいいわけですけど、仕事となると「みんなのために作るスープ」になってくる。そうすると、みんなの生活がどういう生活なんだろうと考えるようになります。

 そこから、時短や残り物が使えるなどスープの実用的なメリットや機能性をピックアップして、レシピ本にまとめていきます。私がレシピ本を出すのは、本の中にあるスープを実際に作ってもらうことが目的です。だから、いかに作ってもらえるような環境を自分のレシピに作り出せるかということを意識しています。

便利に作りつつ、旬の食材の生命感も

――実際に作ってもらうことを目指しているから、誰でもできるようにシンプルで簡単なレシピが多いんですね。

 最終的には、みんなが自分のレシピで作れるっていうことが一番です。『スープ・レッスン』なんかはその最たるもので、極めてシンプルで骨組みみたいなスープのレシピ。そこに何を足しても大丈夫なように作っています。面白いことに、そうやってシンプルなレシピにしておくと、みなさん必ず何か足すんですよ(笑)。やっぱり料理ってクリエイティブな作業だから、自分の工夫を加えて美味しくできたら楽しいんです。

 それに、最後の最後の部分は、おうちごとにカスタマイズしていくしかないとも思っています。好き嫌いや体調などに合わせて、塩加減などの味付けを調整していく。だからこそ、基本の構造がわかれば後はいくらでもアレンジできるようなレシピがいいなと思っていますね。

――作りやすいだけでなく、各家庭の味になっていけるようなレシピなんですね。

 それと、もう一つ。これから先の時代のレシピということも考えています。私の子供時代とはライフスタイルがすごく変わっていますよね。当時は専業主婦が当たり前。でも、いまは共働きが大多数で、日々の料理に時間をかける余裕はないです。それなのに同じように品数の多い食卓を求められるのはどう考えてもきつい。だから、生活者の方から新しい食卓の豊かさ、シンプルだったり楽に食べられたりするような食事のスタイルを作っていかなきゃいけないんじゃないかなと考えています。

――ライフスタイルの変化という意味では、お惣菜や冷凍食品で簡単に済ますというのも一つの選択肢です。

 もちろん、そういう便利なものも取り入れつつ、でも旬の食材が持つ生命感や力も生活の中に取り入れたいですよね。やっぱり季節ごとのフレッシュな食材を使った手作りの料理の良さみたいなものはあると思うんです。

――有賀さんが考える「手作りの料理の良さ」というのは、どんなものなんでしょうか。

 これは食べる側と作る側、それぞれにあると思います。まず、食べる側から考えていくと、誰かが自分のために作ってくれるというのは、「あなたは生きていていいんですよ」と保証されるかのような、本能的なうれしさを満たすものですよね。なおかつ、コミュニケーションにもなっている。これは一人暮らしの人でもそうで、自分で作ったものを食べて満足するという気持ちがある。買ってきたものだと得られない、何かケアされているという気持ちがあると思います。

 一方で、作る側にとっては、料理ってすべて自然との触れ合いだと思うんです。野菜や肉などの食材は生き物ですし、水や火もそもそも自然物。そういうものに自分の手で対応していくことって、人が生きるそのものというか、生きる力を養うことだなと思います。料理でなくても、例えば絵を描いたり植物を育てたりと、手を使ってできることをもっと大事にした方がいい。手を使う作業って、生きる力が一つ高まるような気がします。

料理も先入観を取っ払おう

――初のエッセイ集『こうして私は料理が得意になってしまった』には、日々のごはん作りに奮闘する人たちに向けたたくさんのヒントが散りばめられていますね。

 日々ごはん作りをしている人たちにとって、「出汁が上手にとれない」「家族がうまく食べてくれない」などの困りごとや悩みごとってやっぱりあると思うんです。私もそうした困りごとや悩みごとに対して伝えたいことがたくさんあるんだけど、レシピ本だとなかなかすべてを伝えきれない。そこでnoteでエッセイのプロトタイプを作りながら、一つずつ自分の体験や思い出を絡めて、読んだ人の役に立つような実用的な情報を挟んで作ったのが、この本です。

――エッセイ集でも触れられていましたが、私たちは家庭料理に「正しさ」や「美味しさ」みたいな幻想を勝手に抱いて追い求めすぎているんだなと改めて思いました。

 そうなんです。だから、そういう固定概念をいっぺん取り除いたらいいと思うんですよ。

 音楽番組のインタビューで、あるミュージシャンがが面白いことを言っていました。歌詞を考える時に、既にたくさんの歌が世の中にあふれていて、言葉も使い尽くされているように見えるけど、言葉の置き換えや組み替えなどによって新しいものが生み出せるんじゃないかと。その時に重要なのは、言葉一つひとつを今までの先入観を取っ払ってフラットにみることだと言っていて、これって料理のレシピも同じだなと思ったんですよね。

――どういうことでしょう?

 例えば、私も豚汁の本(『有賀薫の豚汁レボリューション』)を作る際、「豚汁」っていうものを自分の感覚でもう一度見直してみたんです。「豚汁」というくらいだから、まずは豚の汁だろうってところから(笑)。でも、豚肉が入っていればいいかというと、ポトフは違う。みそ味じゃないと、豚汁と呼びにくい。

 さらにみんなが思う豚汁はどんなものだろうと考えたときに、根菜などの具材を煮込んである感じじゃないかなと思ったんですよね。味噌汁との違いは、具にみそが沁み込んでいるぐらいの煮込まれ感。それがあると、何か豚汁らしさが出るんじゃないかと考えたわけです。そうやって、自分の中で料理や食材をフラットに見ると、新しいアイデアが生まれてくる気がします。

レシピ本から「フラットな視点」を

――料理や食材をフラットな視点で見るって、なかなか難しそうです。

 そうですね。そういう意味では、私もいろんな人のレシピ本でよくやるんですけど、レシピ本の通りに作ってみるというのもすごく面白いと思います。レシピ本は、そういうフラットな視点を得るのにすごくいいガイドブックなんです。

 レシピ通りに作ってみて、例えば「こんなに砂糖を入れるんだ」とか「こんな切り方するんだ」とか、いつもと違う感じが出てきた時って、今までの自分のやり方は慣れや先入観だったんだと、食材なり調理方法なりをフラットに見ることができている瞬間だと思うんですね。

――そういうレシピ本の使い方もあるんですね。新しい! 

 マンネリになってしまうってよく言うけど、ちょっと切り方を変えるだけでも料理って変わるんですよ。そういうことが、多くのレシピ本にはたくさん詰まっているので、ぜひ試してみてほしいです。

――今後、スープ作家としてどんな活動をしていきたいですか?

 テーマに沿ったレシピを集めたものではなくて、私のありのままのスタイルで作るスープレシピの本は作ってみたいですね。簡単なレシピもあれば、手がかかるものはそれなりにちゃんと手をかけてという具合に、自然体なレシピ本。

 それと、レシピ本だけでなく、料理を作ること、食べることの面白さや楽しさ、そういうものを伝えられるものって他にどんなものがあるんだろうと考えています。映像かもしれないし、ラジオかもしれないし、エッセイ集でもイラストを描いていますけど、絵で伝わることもあるかもしれない。まだ答えは出ていないんですけど、そういうことを今は考え中です。

【好書好日の記事から】

山本ゆりさん 「おしゃべりな人見知り」インタビュー 細部まで無駄を詰め込んだヘンで笑える料理の読みもの

コウケンテツさん「本当はごはんを作るのが好きなのに、しんどくなった人たちへ」インタビュー 簡単レシピの時代、男性料理家の使命とは

土井善晴さん「くらしのための料理学」 料理は人間が健全に生きる土台、「一汁一菜」がつなぐ持続可能な循環