澤田瞳子が薦める文庫この新刊!
- 『鬼憑(つ)き十兵衛』 大塚已愛(いちか)著 新潮文庫 781円
- 『キンドレッド』 オクテイヴィア・E・バトラー著 風呂本惇子、岡地尚弘訳 河出文庫 1672円
- 『破蕾(はらい)』 雲居るい著 講談社文庫 704円
歴史時代小説の可能性を堪能できる三冊。
(1)時は江戸初期、寛永年間。僧形かつ美貌(びぼう)の鬼に憑依(ひょうい)され、父の敵を求める主人公・十兵衛を中心に、声を持たぬ金髪に碧眼(へきがん)の少女や妖艶(ようえん)かつ残虐な謎の女性ら魅力的な登場人物たちが絡み合うエンターテインメント活劇。主軸である主人公の復讐(ふくしゅう)劇と成長譚(たん)の口切りに史実を据えた上、更にキリスト教禁止令とそれに伴う信徒弾圧、当時の肥後・細川家中の対立のお家騒動といった歴史的事象を絡ませた筆致はこれがデビュー作とは思えぬ絢爛(けんらん)豪華さ。続編の存在を感じさせる幕切れにも心が躍る。
(2)現代のロサンゼルスから、奴隷制度が存在する十九世紀初めの南部アメリカに突然タイムスリップしてしまった黒人女性デイナ。ある白人少年の命を助けると現在に戻り、落ち着く間もなくすぐまた過去に飛ばされる彼女を通じて描かれる奴隷制度の暴力性は、時間旅行という非現実を間に挟んでいればこそ生々しい。三度目のタイムスリップの際、共に過去に飛ばされたデイナの白人の夫、ケヴィンの存在が、物語に更なる奥行きを加える。無意識に人間を蝕(むしば)む差別の恐ろしさを暴き立てた、社会の本質に迫る長編である。
(3)あとがきまで読めば、「あの小説家」が別名義で書いたと分かる試みに満ちた官能時代小説短編連作集。「誰も、いかなる場合も、性を無視することなどできない」現実の下、官能小説にあえて挑んだ作家の筆は、官能描写の奥に潜む人間の美しさや悲しみをも描いている。=朝日新聞2022年1月8日掲載