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「一万円選書 北国の小さな本屋が起こした奇跡の物語」 たった一人の「欲しい」に向き合う

 「一人のお客様のために、一万円分の本を選んで送る」という独自企画で売り上げを伸ばす書店が北の国にあるという噂(うわさ)は、ずいぶん前から耳にしていた。本書はその「一万円選書」の発信地、いわた書店(北海道砂川市)の店主によって語られる舞台裏の記録だ。

 たくさんの人に支持された証しの「ベストセラー」ではなく、「今の自分にぴったりの本」だけを選んでほしい。そんな個人の願いに応えるサービスは十五年前に始まり、深夜のテレビ放送をきっかけにネットで話題が拡散され、ブレークした。実はその前夜まで資金繰りに苦しみ、廃業手続きの相談まで進めていたというが、まさに起死回生。今や常時三千人が順番を待つ「一万円選書」によって経営は安定し、「本屋の仕事が本当に楽しい」と純粋な喜びも口にできるようになった。

 誰もが「自分のことをわかってほしい」という切実な気持ちを抱えていると、著者は言う。本を選ぶ参考のため、依頼主の読書歴、関心事、人生観などを細かく聞く「選書カルテ」から伝わってくるのだと。

 嗜好(しこう)の多様化・個別化が進み、マスが不在と言われる時代に、たった一人の「欲しい」に向き合う。働く人を初心に返してくれる本だ。=朝日新聞2022年1月15日掲載