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「新しい国境 新しい地政学」 極地へ宇宙へ 利権争奪が深刻に 朝日新聞書評から

評者: 柄谷行人 / 朝⽇新聞掲載:2022年02月26日
新しい国境新しい地政学 著者:クラウス・ドッズ 出版社:東洋経済新報社 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784492444641
発売⽇: 2021/12/17
サイズ: 20cm/373,9p

「新しい国境 新しい地政学」 [著]クラウス・ドッズ

 「国境」は、ここ15年の間に新たな重要性を帯びてきた。本書はそれを、豊富な実例とともに、かつてないスケールで描き出す。原題を直訳すると、「境界戦争」である。それは、新たな境界が新たな紛争をもたらすことを意味する。すでに国境争いは、従来の国境や紛争地帯でのみならず、北極・南極などの極地、海底、空中、宇宙空間でも起こっており、そこでは、宇宙における「武装」「安全保障」までが問題となっている。
 AIをはじめとする新たな技術の発展、そして気候変動は、平等化やグローバルな連帯をおしすすめるという意見がある。本書の示す現実は、その正反対である。それらはむしろ、利権をめぐる熾烈(しれつ)な争奪戦を生んでいる。たとえば、気候変動によって、領土や河川、森林をめぐる対立が加速した。また、低炭素エネルギーへの移行には、世界的なインフラの転換が必要だが、そのためには「むしろより多くの鉱物を必要とする」。
 従来の国境にも変化が生じている。たとえば、氷河の退縮や、海面上昇により、これまでの国境が消えてしまう所が少なくない。その場合、新たな境界の設定をめぐり争いが起きる。「深海底」や「南極・北極」など、「実質的な管理権を行使する者が誰もいない空間」であった「ノーマンズランド」でも、国家間の争いが増えている。それらの場所は、世界的な共有資産として管理されていく可能性もあるが、それは「国家の主権を制限」することなしには不可能なため、困難だ。
 また、パンデミックをひき起こすウイルスも、国境閉鎖や戦争の可能性を高める。現在、ITを駆使しての国境警備・管理は、巨大な市場である。人工衛星、観光、資源開発をはじめとする宇宙における事業も同様だ。ところで本書には、「日本は宇宙大国としての地位を得ようと努めてきた」と書かれている。つまり、われわれは知らぬ間に、新たなボーダーでの争いに参加していたわけだ。  
 しかし境界とは、自然に存在するものではなく、人間が、というより、人間の国家が創り出したものである。したがって、近年になって境界に変化が生じたのは、たんに自然環境の異変によるのではなく、またたんに科学技術の発展によるのでもない。むしろ、国家間の争いが深刻化したからである。私は、冷戦後の体制を「新帝国主義」と呼んできた。本書の冒頭では、冷戦終焉(しゅうえん)と、それがグローバル化と自由な境界の幕開けとなることを期待されていたことが回顧される。しかし、そうはならなかった。今世紀にはさらに国境が強化され、ナショナリズムが高まった。今や戦争の火種があちこちでくすぶっている。
    ◇
Klaus Dodds  ロンドン大ロイヤル・ホロウェイ校教授。グローバルな地政学と環境安全保障の専門家。地政学研究に関する英国の第一人者で、国境問題もテーマにしている。著書に『地政学とは何か』など。