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「ゴーイング・ダーク」書評 ゲーム化の手法で「憎悪」に誘う

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2022年03月05日
ゴーイング・ダーク 12の過激主義組織潜入ルポ 著者:ユリア・エブナー 出版社:左右社 ジャンル:社会学

ISBN: 9784865280548
発売⽇:
サイズ: 19cm/411,38p

「ゴーイング・ダーク」 [著]ユリア・エブナー

 昨年1月6日、「大統領選が盗まれた」と叫んで米連邦議会を襲撃した暴徒集団の事件。信じがたいのは共和党上層部を含む小さからぬ勢力が事件を否定し、あたかもなかったことのように振る舞う厚顔だろう。
 オーウェル『1984年』さながらのこれが厄介なのは、かつて社会の特殊な周縁現象とされた陰謀論が、議会政治を左右するまで「成長」した理由が判然としないところにある。その実態を奇妙な形で体感させるのが本書である。
 奇妙というのは本書が白人至上主義団体やオルタナ右翼組織への潜入記だからだ。著者はロンドンの非営利機関「戦略対話研究所」の研究員。極端な政治思想やネット上の偽情報の追及を目的に2006年に設立されたシンクタンクだ。“フェイクニュースの巣窟”と対峙(たいじ)する調査機関というわけだが、著者は身分を偽り、欧州各地の団体メンバーとじかに交友した経験をルポ形式で再現してゆく。
 極右の先入観とは裏腹の、こじゃれた都会人然とした主宰者。むき出しの男性優位主義を崇(あが)める「トラッドワイフ」の女たち。彼らは映画「マトリックス」の主人公さながら「赤い錠剤」(レッドピル)で「真実に直面し」たと称する。そんな彼らの主観世界を、闇に分け入る潜入取材ならではの緊迫感と、サブカル特有の非現実感の奇妙な混合で体感させるのである。
 このサブカル感覚を著者は「ゲーミフィケーション」(ゲーム化)という。
 ルールと競争でゲームに誘うしくみを生産現場や教育などに応用するゲームデザインのことだが、ここでは「ブランディング」や「リスクマネジメント」で自分たちの行為を説明し、消費者の購買意欲を誘うのと同じ物語化の手法で反動政治と「憎悪(ヘイト)」のばらまきに熱中するさまが見える。
 オルタナ右翼の活動家がしばしば痴(し)れた薄ら笑いを浮かべている理由がわかる。彼らは脳内で快楽を貪(むさぼ)っているのである。
    ◇
Julia Ebner 1991年生まれ。戦略対話研究所(ISD)上席主任研究官。英ガーディアン紙などに寄稿。