1. HOME
  2. コラム
  3. 本屋は生きている
  4. 葉ね文庫(大阪) 楽しいと思えることを求め、「歌」を詠む人たちの書庫のような空間に

葉ね文庫(大阪) 楽しいと思えることを求め、「歌」を詠む人たちの書庫のような空間に

 担当編集がいなくなった。

 正確には期限付きで海外の研究所に移籍したのだが、これまで3つのメディアをともに歩いてきたので、寂しい限りである。そんな担当Yに「大阪に行く用事がある」と連絡したところ、送られてきたのは「中崎町はいいところだ」というダイイングメッセージ、もとい最後の業務メッセージだった。

 大阪駅から歩いて行ける距離にある中崎町は、Yによるとリノベーションされた町屋が並び、少し前から集目されているエリアなのだという。PCR検査の陰性証明をつかんで新幹線に乗り、一路大阪に向かう。用事の合間をぬって、この中崎町にある葉ね文庫に行ってみたかったのだ。

確かに風情のある町屋が並ぶ、昼の中崎町界隈。

 葉ね文庫の存在を知ったのは、1月末から2月頭まで渋谷パルコで開催されていた、「本屋さん、集まる。~春~」というイベントだった。これまで登場いただいた双子のライオン堂冒険研究所YATO本屋lighthouseが出店していて、行かない理由がなかった。本やグッズがぎっしり詰まった会場を見渡すと、知っている本屋だけではなく「行ってみたいな」と思う店と出会うことができた。うち1軒が、「歌集・句集・詩集のかっこいい新本を扱っています」という、葉ね文庫だった。

「歌」がぎっしりと詰まった店

 歌人のカン・ハンナさんとの出会いをきっかけに、俵万智さん手塚マキさんからも、短歌の魅力について教えていただいたけれど、それでもまだ自分からは距離がある。そんな歌を扱った本ばかりが並んでいるなんて。噂通りの町屋が並ぶ道をキョロキョロ歩きながら葉ね文庫を探すと……うーん、場所がわからない。地図アプリでは「ここ」と表示されているビルの1階にあるはずなのに、雑貨屋とラーメン屋しか視界にない。建物の中にあるのだろうか? 奥に向かう男性の後ろをついて行くと、通りから見えない場所に「葉ね文庫」と書かれたプレートが見えた。男性にならい、靴を脱いで入ってみる。学校図書館にあるようなスチール製の棚に、天井までみっしりと本が積まれていた。

 視線をドア右側の壁に移すと、たくさんの短冊がぶら下がっていた。短歌や俳句のリズムを踏襲したものから、ルールなどないソウルフルな言葉までが書き連ねられている。

 「来て下さった方に、自由に書いてもらっているんですよ」

 ひとつひとつの文字を読んでいると、店主の池上きく子さんが教えてくれた。

店主の池上きく子さん。

 池上さんによると以前は廊下に看板を出していたが、2021年12月に曽根崎新地で火事が起きてから、廊下にモノを置くことが厳しくなったという。だから迷う人がとても多く、某フードデリバリーの配達員ですら店の場所がわからず、諦めて帰ってしまったそうだ。

リズム通りのものから法則無視の魂の叫びまで、自由な言葉が吊られている。

阪神大震災がその後の進路を変えた

 神戸で生まれ育った池上さんは学校の図書館に入り浸る子どもで、学生時代は三宮から元町まで本屋をはしごし、今はなき海文堂も行きつけのひとつだった。

 「小学校4年生の時に、校内に市民も利用できる図書館が併設されたのですが、そこで働いていた女性が『面白いから読んでみて』と、赤川次郎を勧めてくれたんです。それで小説の面白さに開眼して。6年生で読んだ吉本ばななの『キッチン』に感動したのを、今でも覚えています」

 そんな本好き少女は「将来なりたいものはないけれど、遺跡の修復には興味がある。考古学が学べる大学に進もう」と、漠然と考えていた。しかし1995年に起きた阪神大震災で、自宅も父親が経営していた工場も被災し、「私が腹をくくらねば」と思うようになった。

 「家も工場も火事で燃えてしまって。工場はのちに再建しましたが、その時19歳で受験生でとにかく無力で、働きたくても就職は無理だと思いました。特待制度がある専門学校を紹介してもらい、仕事になることを学んで最短ルートで就職しようと決めたんです」

 95年といえばWindows95が到来し、ちょっとした「マルチメディアブーム」に沸いていたタイミング。専門学校の情報処理コースに進み、大阪のIT系企業にプログラマーとして就職した。

 「採用試験の課題に読書感想文があったので、立花隆の『宇宙からの帰還』について書いたんです。それで採用されたのですが、実際働いてみたら自分はプログラマーには向いてないなと。2年でその会社がつぶれてしまったので、その後はwebデザイナーに転向したり、またプログラミングをしたりといったりきたりしていました」

 ゆらゆら揺れる20代を過ぎ、30代になるとweb解析の仕事を手掛けるようになった。その少し前に枡野浩一の『ショートソング』と出会い、「短歌って面白いな」と感じたものの、本屋をやろうとは思っていなかった。しかしある時、考えが変わる出来事があった。

 「web解析の仕事は、やっと辿り着いた自分に合っている仕事だと思いました。仲間ができて仕事も充実して、とにかく忙しい日々でした。でも、多分限界だったんです。仲間と新しい技術について語り合っているとき、『これ以上、技術が進んで欲しくないな』と思ってしまった。仲間は仕事以外の時間も、自らの興味としてwebを追いかけていて、まぶしく見えました。私にはそういうものがあるか? そう考えたら、それは『本』だと。一生付き合っていきたいものは本だから、本屋になろうと決めました」

ビルの奥の、一見しただけではわかりにくい場所にある。 

短歌からスタートし、現代詩、俳句、川柳なども

 当時ZINEやリトルプレス専門のBooks DANTALIONという店が入っていたビルが好きで、そこで古本屋をやりたいと思った。本屋が入っているビルなら湿気もひどくなさそうだというのも、理由のひとつだった。空き物件を探すとちょうど1階が空いていたので、その8坪のスペースを借りた。2013年のことだった。約1年後の2014年12月、葉ね文庫をスタートさせた。

「最初は古本専門にしようと思っていたのですが、何か品揃えに特徴を出したいなと思って。『ショートソング』を読んで以来短歌に興味があったし、調べてみたら、毎月たくさんの新刊が出ていることを知りました。いい本はずっと置きたいから、歌を専門に古くても良い本と新刊の両方を置くことにしました。それまでなじみのなかった現代詩も、高塚謙太郎さんの詩集を読んだらドーンとハマってしまって。川柳や俳句なども、お店を始めてから興味を持つようになりました。今は新刊5、古本5の割合になっています」

 うず高く積まれた新刊本はどれも歌にちなんだもので、私も「こんなにあるんだ!」と驚くほどだった。その隙間を、ぬうようにお客さんが通っていく。この日来ていた門脇篤史さんは現代短歌社賞などを受賞した歌人で、他にも歌を詠む人達が何人も棚を見ている。私の前を歩いていた20代と思しき男性は、歌を詠む友人に連れられてきて以来、ちょくちょく訪れていると語った。

 そんな話をしていると、また1人お客さんがやってきた。大阪工業大学で知的財産学を学ぶ4回生で、著作権の保護期間が満了した文学作品の書籍を、ゼミで作っているそうだ。若い男性がこんなにも、歌を詠んだり文学に親しんだりしてるなんて。「若者の本離れ」なんて嘘じゃん。本の未来は明るいと、ちょっと胸をなでおろした。

 「オープン当初から『短歌の本をいっぱい置く店ができた』とSNSで書いてくださる方がいて、想像していた以上にお客さんに恵まれました。歌集は果たして読まれるのかと最初は不安だったのですが、 『歌集ばかりを扱っている本屋は珍しい』と言っていただけて。ここ数年は歌を扱う店が増えて、すそ野が広がっているのを嬉しく思っています」

歌人の門脇篤史さん。

 葉ね文庫は週3日営業で、昼間から空いているのは火曜日と土曜日だけになっている。なぜこのような変則的時間なのだろう? 実は池上さんは今もweb解析の仕事を続けているから、週3日なのだそうだ。

 「だから今日(木曜日)は19時オープンなんですよ」

 そんな話をしていると、また1人お客さんがやってきた。手には池上さんへの差し入れが握られていた。彼は靴を脱いでコートをハンガーにかけて本を探している。別の誰かはベンチに座り、あれこれ手にとってページを開いては戻してを繰り返している。ここに集まる人たちは誰もが、まるで自分の書庫のように自然に振舞っている。なかには作品を見せ合ったり話し込んだりするお客さんもいるそうだ。

お客さんとは適度な距離感のカウンター。無骨さが気に入り、棚はスチール製に。

 「でも話が盛りあがりすぎると、初めて来た人が居心地悪く感じてしまうので、私は話に加わらずカウンターにいるようにしています」

 中崎町には、心の柔らかな部分からしみ出してくる「歌」で繋がる人と見守る人がいる。私も背中を押された気がして、相棒の旅立ちについて詠んでみようかな思った瞬間、歌との距離が近づいた気がした。元々距離なんてなかったのに、勝手に思い込んでいただけかもしれないけれど。

葉ねと「跳ね」をかけた壁をはじめ内装は、アーティストのAKIOKANATANIさんが手掛けている。

(文・写真:朴順梨)

短歌の世界にいざなう! 池上さんオススメの本

●『はつなつみずうみ分光器 after 2000 現代短歌クロニクル』瀬戸夏子(左右社)

 歌人・瀬戸夏子さんによる、2000年以降に刊行された歌集55冊を紹介したブックガイドであり、この20年で短歌の世界で起こった出来事をたどった「現代短歌クロニクル」でもあります。今、短歌のうねりのようなものを感じ取っている方が多いようです。この本がその好奇心を満たし、新しい興味を与えてくれます。瀬戸さんの文章がもつパワーに、私はいつも痺れています。

●『エモーショナルきりん大全』上篠翔(書肆侃侃房)

 上篠翔さんの第一歌集です。私は歌集を読んだときに、目で感じる音やリズムにグッとくることが多いようなのですが、この歌集はとくにそうで、歌がぴたっと自分に重なる心地よさがあり、その後にどっと感情が流れ込んできます。

●『感電しかけた話』伊舎堂仁(書肆侃侃房)

 伊舎堂仁さんの第二歌集です。昨晩、入荷したばかりですがあまりにも強くて。観察力すごい?感度?解像度?計ろうとしたら計器が振り切っていました。声に出したくなる歌としての楽しさ・新しさと。なんだか胸が熱くなりました。

アクセス