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「はじめての」書評 どう読み どう聴き どう感じる

評者: 押切もえ / 朝⽇新聞掲載:2022年03月26日
はじめての 著者:島本 理生 出版社:水鈴社 ジャンル:小説

ISBN: 9784164010044
発売⽇: 2022/02/16
サイズ: 20cm/220p

「はじめての」 [著]島本理生、辻󠄀村深月、宮部みゆき、森絵都

 島本理生さん、辻村深月さん、宮部みゆきさん、森絵都さんという、4人の直木賞作家が「はじめて〇〇したときに読む物語」をテーマに描いた短編集。それだけでも心惹(ひ)かれるが、“小説を音楽にするユニット”YOASOBIがコラボレーションして各作品をイメージした楽曲を配信するとあって、迷わず手に取った。
 同じテーマでも、はじめて人を好きになったとき、家出したとき、容疑者になったとき、告白したとき、と描かれる世界は様々。著者の皆さんも初めての挑戦を盛り込んだという作品は、ジャンルもSFにファンタジー、ミステリー、青春ドラマと幅広い。
 島本さんの小説「私だけの所有者」は、アンドロイドの「僕」と、その所有者である研究者Mr.ナルセの物語だ。「僕」がある人物へ手紙を綴(つづ)る形によって話が進む。14歳で、成長する仕様ではない「僕」は、Mr.ナルセの役に立とうとするが、冷たい態度を取られ、自身の使命について葛藤する。しかしMr.ナルセの優しさや本心に触れ、名も知らない感情を覚える。少し先の未来を想像させる物語を読みながら、初めて誰かを思った時のことや初めて誰かの役に立ちたいと思った記憶が蘇(よみがえ)った。「こんな遠く離れた国の片隅で、どうして私は美しいものを見ているのでしょうか」。終盤、哀(かな)しみにくれる主人公の言葉が手紙の相手だけに問いかけられたものとは思えなかった。
 読後、この小説をモチーフにした曲「ミスター」を聴く。主人公の思いを綴った歌詞がせつなく沁(し)み入り、様々な場面がショートムービーのように頭に浮かんだ。
 他の作品も、初めての経験によって新たな出会いに恵まれたり、愛(いと)しい家族や人をあらためて大切に思えたり。笑えて、あたたかい気持ちになれる一冊だ。
 どう読み、どう聴き、どう感じるか。初めての試みが、これまでにない感動を与えてくれた。
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直木賞作家4人による書き下ろし小説。それを原作に、YOASOBIが順次、楽曲を配信リリースしていく。