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ホラー作家・芦花公園さんの根底にあるキリスト教

©GettyImages

 この連載も最後のようで、最後のテーマは自由ということなのですが。

 好きとかそういうレベルではないものの話をしようと思います。

 私はキリスト教の信者だ。

 カトリック教会で幼児洗礼を受けていて、高校生の時には堅信も受けており、まあ筋金入りのクリスチャンということになると思う。

 今でこそダラダラとした生活を送っているが、大学に入ってからの何年かはずっと忙しく、日曜礼拝どころか年によってはクリスマス礼拝まで逃すような状態だったわけだが、やはり自分の根底にはイエスキリストが存在すると思っている。

 と、このようなことを話すと一部の人から忌避感を持たれるのも理解している。

 日本人は基本的に無宗教というか多宗教の人が多い。

 結婚式はチャペルで、葬式は寺で、初詣は神社に行くだろう。

 特定の宗教の信者を見ると、「カルト」を連想する人も多いようだ。

 実際カルト宗教団体というのは存在するし、その中にはキリスト教系のカルトも多くある。

 カルトではないにせよ、見えない何かを信じること、祈ることそのものが不気味だと思う人も多い。

 「神様が実在すると思っているのか」みたいなことは何回か言われたこともある。「オバケ信じてるの? 笑」と同じ方向性の言葉であることも理解している。

 そういう人の感性を否定するつもりはない。

 ただ、多分誤解がある。

 私は見返りが欲しくて祈っているのではない。

 多くの宗教が祈ると見返りがある、と説いている。ご利益、という言葉で表されることもある。

 しかしキリスト教の場合、見返りを求める時点で信者ではない。

 一応死後永遠の命を得て天の国に行ける、という信者特典のようなものはあるようだが、あくまで死後の話であるし、それを強く求めて、そのために熱心に活動している信者とも今のところ会ったことはない。

 キリスト教における神への祈りはなになにをしてください、というより今日もありがとうございますとか、いつも大変お世話になっておりますとか、報告に近い。

 人生の指針にしているだけで、一切見返りは求めていないし、きわめて一方通行だ。

 そもそもキリスト教の父なる神は万人を愛しているが、その愛もまた一方通行だ。私たちはただ愛されている、という宗教なのだ。この見返りを求めない愛を「アガペー」と呼ぶ。

 神の愛はとても父性的であり、母性的な愛を求める人には合わない宗教だと思う。

 私個人は、この見返りを求めない関係性というのはとても生き方の参考になると思っている。

 恐らく多くの人はこれを「見返りを求めず他人に親切にする」と解釈するだろうし、それは素晴らしいことなのだが、なかなか実行するのは難しい。

 私にできることはせいぜい「こんなに頑張ったのにどうして何もしてくれないのか」と他人を恨まないようにすることくらいだ。

 もっと熱心に信じている人からは反論もありそうだが、私は今のところこのようにしてキリスト教を信じている。

 それと、キリスト教の信者で良かったと思う一番のことは、聖書が面白いことである。

 近年は「聖☆お兄さん」(中村光の漫画)なども人気だからいくつかの有名なエピソードを知っている人も多いかもしれないが、原典はやはり格別に面白い。

 流石世界一のベストセラー書籍だけあって、本当に読み物として面白いのだ。

 どの登場人物も生き生きとしているし、現代人の感覚では理解しがたい行動原理を持ち、予想もできない行動に出るのに、それが良い結果を生んだり、教訓になったりもする。

 そして、それらは創作に活かせるのだ。

 私が前回ご紹介した「香水」もベースには新約聖書があると思うし、直接的ではなくともキリスト教圏の作品にはいくつも聖書のモチーフが使われている。

 ホラー分野で一番分かりやすい聖書の影響は悪魔の存在だろう。悪魔は基本的に異教の神であるため、キリスト教なくして悪魔の存在はない(キリスト教がなかったころは神様だったので)。

 私は商業作品にそこまであからさまに悪魔そのものを出したことはない(ネットで書いているものはある)が、やはり聖書の影響は強く受けている。今まで出した三作品全ての参考文献に聖書関連の書籍があるし、多分今後もそれ抜きで創作するのは難しい。

 生きる指針を得ているうえに、創作の題材まで得ている。これで見返りがないというのは少し無理がある気もしてきた。

 とにかく私はキリスト教の信者であ伝道も勧誘もしないけれど。

 書いているものの性質上間違いなく教会関係者には良い顔をされないので、馴染みの神父様にもシスターにも信者の方々にも一生言えないけれど。