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図書館の可能性 知のアーカイビング、今こそ 東京大学名誉教授・根本彰

天井から下がる天蓋(てんがい)が目を引く岐阜市立中央図書館。2015年、複合施設内に開設した

 この19日から国立国会図書館によるデジタル化資料の個人向けネット送信サービスが始まり、20世紀中葉までの絶版本等の資料209万点がネット上で読めるようになっている。欧米では図書館や文書館など公的セクターが担ってきた知のアーカイビング(保存・提供)が日本でも身近なものになってきた。

 リチャード・オヴェンデン著『攻撃される知識の歴史 なぜ図書館とアーカイブは破壊され続けるのか』は、図書館や文書館に蓄積された知が災害や戦争ほかの人為的な破壊によって常に危機にさらされてきたと述べる。日本でも震災や津波で図書館や博物館が破壊され、それを復旧するボランティア活動が行われたし、第二次大戦時に図書館員が蔵書を疎開させたことが知られている。

 本書は、知の意図的破壊が歴史的に横行し続けてきたことの報告であるが、著者が最後に突きつけるのはネット支配やフェイクが脅威となることである。ネット上に知の断片が蓄積され、それを商業的な検索アルゴリズムによってアクセス可能にすることは、かえって知の本質を見えなくするという。

公的な使命から

 欧米では図書館のライブラリアンや文書館のアーキビストは専門職とされ、著者オヴェンデン氏もオックスフォード大学ボドリアン図書館の専門職館長である。資本主義的な知の管理に、公的使命に基づく知のアーカイビングを対置させている。

 小出いずみ著『日米交流史の中の福田なをみ 「外国研究」とライブラリアン』は、伝説的なライブラリアンとしてその名が知られていた福田なをみ(直美とも書く)の初めての本格的な伝記である。福田は戦前に米国留学をしてそのままライブラリアンになり、戦争直前に帰国し、戦後はロックフェラー財団の支援で東京・六本木にできた国際文化会館において、図書館を通じた文化交流に尽くしたとされる人物である。そのことが一次資料をもとにした手堅い研究で記述される。

 本書はさらに、彼女が戦前・戦中・占領期・その後の独立という激動の時代に、日米それぞれの対外戦略のインテリジェンス(情報分析業務)に関わった経験をもつライブラリアンだったというあまり知られていない側面を描き出す。公開情報の管理と分析を中心とするものだが、ライブラリアンが出版物の収集・保存・提供という定型業務を通して、軍事、外交や文化の深層に訴える知のアーカイビングの役割を果たしてきたことを示唆しているのである。

 日本で図書館というと勉強の場あるいは資料貸し出しの場というイメージが強かったのは、ハコもの行政の枠のなかで、ライブラリアンが官の論理に縛られ受け身になりがちだったからだろう。

 永田治樹著『公共図書館を育てる』は、欧米や日本での議論や実践を踏まえて、市民生活の場に見合った知のアーカイビングを支援する図書館像を示す。図書館は現在、集客力の大きい公共施設となっているが、これに民間的な手法を織り交ぜることで、地域活性化に欠かせない知的なクリエイティビティが加えられると訴える。

交流の広場に

 最初の話に戻ると、国会図書館のデジタル資料がネット上で誰でも利用できるようになったことで、個々の図書館は独自のサービス展開が可能となる。最近の図書館建築(岩手県紫波町、高知県梼原〈ゆすはら〉町、新館が開設される石川県、デンマーク・オーフス市、ヘルシンキ市など)はそこに居るだけで知的刺激を受けられる空間作りを目指している。図書館が歴史的な知の殿堂から、アーカイビングによる知の活性化と交流の広場に転換する条件が整いつつある。=朝日新聞2022年5月28日掲載