安田浩一が薦める文庫この新刊!
- 『朝鮮大学校物語』 ヤン ヨンヒ著 角川文庫 880円
- 『増補版 悪役レスラーは笑う 「卑劣なジャップ」グレート東郷』 森達也著 岩波現代文庫 1364円
- 『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した 潜入・最低賃金労働の現場』 ジェームズ・ブラッドワース著、濱野大道訳 光文社未来ライブラリー 1210円
(1)「在日だとか朝鮮人だとか、そういうこと気にしてないから」。恋人の言葉に主人公の女性は戸惑う。何かが違う。彼女は叫ぶ。「朝鮮人だってこと、気にしてほしいの!」。繊細で壊れやすい感情の欠片(かけら)が胸に突き刺さる。飾り気ないタイトルとは対照的な、せつない恋の物語でもある。舞台は1980年代の朝鮮大学校。在日朝鮮人の民族教育を担う高等教育機関だ。厳しい指導に反発する女子学生ミヨンは日本人の男子学生と出会い、夢見た自由と、乗り越え困難な境界を知る。映画監督として知られる著者は同校出身。ミヨンの姿は著者の自画像でもある。
(2)コスチュームは日の丸が描かれた法被と「神風」の鉢巻きだ。リング上では隠し持っていた塩を相手レスラーの目にすり込み、「バンザーイ!」と奇声を上げる。第2次大戦直後の米国で悪役を演じ続けた日系人レスラー、グレート東郷。「卑劣なジャップ」と呼ばれた彼の軌跡を、ドキュメンタリストが執念で追う。虚と実が交錯する東郷の生き様は、日米のナショナリズムを手玉に取った、まさに命がけのプロレスだった。
(3)マルクスが生き返れば「資本主義の終焉(しゅうえん)」は正しかったのだと確信するに違いない。いま、社会の利便性を守っているのは最低賃金で働く労働者だ。企業は安価で使い勝手のよい非正規労働者を交換可能な消耗品として扱う。英国人ジャーナリストの著者がアマゾンやウーバーなど最底辺の労働現場に潜入し、「絶望」の風景をリポートする。=朝日新聞2022年7月9日掲載