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川原繁人さん「フリースタイル言語学」インタビュー メイド喫茶やプリキュア、魅力の秘密は?

川原繁人さん

メイド喫茶での閃きとは?

――本書ではいろいろな題材が取り上げられていますが、ツイッターで何度もバズったのが、メイド喫茶のフィールドワークを元にした言語学の研究だそうですね。着目をしたきっかけを教えてください。

 まだアメリカの大学で教えていた頃、日本に一時帰国していて高校時代の友人と会うことになったんです。神田のとある名店でごちそうをしてもらいました。そしたら食後に「メイド喫茶って知ってる?」と言われて。それですぐに「行ってみたい!」となって、神田から秋葉原まで歩いて行きました。「あっとほぉーむカフェ」(ドンキ店)というお店に連れていかれて、運ばれてきた飲み物に「もえもえきゅん」の呪文をメイドさんと一緒に唱なえたりして。それから、ことあるごとに行くようになりました。

――最初に面白いと思ったポイントはどういう点でしょう?

 当時、合成音声技術がどんどん発達していたこともあって、どんな声が魅力的なのかという研究が盛んになってきていたんですよ。それで秋葉原の街中を歩くと、メイド声があふれているじゃないですか。これはもしかしたら、この問題のヒントになるのではと思って、メイド声の研究をはじめました。ただメイドさんとコネを作って録音までするというのは、けっこうな長い道のりでした。まず研究者としての信頼を得るところから始めないといけないですし。

 しっかり計測してみた結果わかったんですけど、メイド声は全体的に声が高くなるんです。でも、ただの裏声じゃないんですね。普段高く発音される部分はより高くなるんですけど、低いところは変わらないという特徴がある。これは、日本語のイントネーションの仕組みを考えると、結構すごいことなんですよね。ただ全体的に高い声を出しているんじゃなくて、ちゃんと絶妙なコントロールをしている。それが魅力的に聞こえることを、彼女たちは本能的にわかっているんじゃないかと思います。

――そしてメイドさんの名前についての研究をされています。授業では共鳴音と阻害音という区別を教える時に解説するそうですが、どういうことでしょう?

 音声学には共鳴音と阻害音という区別があるんです。共鳴音は「ナ行・マ行・ヤ行・ラ行・ワ行」の子音を含み、阻害音は「カ行・サ行・タ行・ハ行・パ行」の子音などを含む。濁点を付けられない音が共鳴音で、濁点を付けられる音が阻害音という覚え方もあります。音声学をやる上では、この違いは絶対にわかっていないといけないんですね。でも、この違いを「暗記しろ」って学生に押しつけると、学生たちが嫌になってしまうポイントなので、なんとか楽しく教えられないかと思っていました。

 2004年に「英語において名前がその人の外見的な魅力に影響する可能性」についての研究論文が出版されました。そこでは女性は共鳴音を含んだ名前のほうが、男性は阻害音を含んだ名前のほうが、魅力的に感じるという結果が出たんです。この結果を秋葉原のメイドさんの名前でも示すことができれば、何かブレークスルーになるんじゃないかと思っていました。

――最初は思うような結果が出なかったそうですね。

 まだアメリカにいた頃ですね。当初は、メイドさんは女性らしさをアピールしているわけだから、メイドさんの名前は一般女性の名前よりも共鳴音が多いだろうと思ったんです。でも、結果はそうはなりませんでした。どうしてだろうと思って、日本に帰ってきて、リベンジしようと、いろんなメイド喫茶でメイドさんに名前についての話を聞きました。

 そこで「サザエさん」というメイドさんに出会って。すごく阻害音な名前なんですよ(笑)。彼女に「なんでその名前?」って聞いたら、「競争を勝ち抜くためには、国民的アイドルの力を借りないといけない」と言っていました。そして店内では、周りのメイドさんに指示しているリーダーがいたんですね。その方の名前が「ぎんこ」さんだったんです。こちらも、阻害音ばかりだったんですよね。

 そこでもしかしたら、メイドさんは全員が女性っぽさを押し出しているわけではないのでは? と思いはじめました。そんなおり「妹カフェ」というところに行ってツンデレオプションをつけたら、ナプキンを投げつけられたんです。飲み物は飲めないように、ストローに切れ目が入っている。トイレに行くと、ぬいぐるみが置いてあって座れない。そういうのを1時間近くやられて、最後に「また来てね」と言うんです。「デレはそこだけ?」って思ったんですけど(笑)。その時に思ったのが、メイドさんに女性性だけを求めるのは間違いだという閃きでした。ツンメイドと萌えメイドを分けて考えると、突破口が見えるんじゃないかと思ったんです。

――萌えメイドは共鳴音、ツンメイドは阻害音の名前が多いという結果が出たんですよね。

 我々の調音運動は空気の振動として聴者の耳に伝わるんですが、この仕組みを音響といいます。学生たちにとっては、音響音声学は、波の話なので物理も必要で理解が難しい分野なんですけど……。難しい話は置いておいて、簡単にいうと、阻害音は波の形がトゲトゲしていて、共鳴音は丸っこいんです。だからツンメイドというのは、文字通りツンツンした音が似合っていて、萌えメイドは丸っこい音が似合う。これは非常に理にかなっていて、すごいことだなと思いました。

プリキュアの名前がかわいい理由

――他にも、プリキュアの名前の特徴の考察が興味深かったです。

 これも衝撃の瞬間があったんです。音声学の真面目な話になっちゃうんですけど、阻害音と共鳴音の違いは「どうやって」発音するかの違いなんですね。空気がどれだけなめらかに流れているかということです。

 もう一個重要なのは、調音点という話。口の「どこ」で発音しているかです。調音点に関しては、まだ楽しく教えるための題材がなかったんですよね。関連したものだと学生との共同研究で、オムツには「マミーポコ」「ムーニー」「パンパース」など、MとPが多いという研究はあって、考えていることはあったんですが。この話題は、2017年に出した『「あ」は「い」より大きい!? 音象徴で学ぶ音声学入門』(ひつじ書房)でも取り上げています。

川原さんの趣味はヨガ。その呼吸法や発声方法を音声学的な観点から研究している

――プリキュアに着目したのはなぜでしょう? 登場人物の名前には、最初の音が両唇を閉じて発音する「両唇音(りょうしんおん)」が多いそうですね。

 ある日、娘が『フレッシュプリキュア!』(シリーズ6作目)ごっこをやりたいと言い出して。当然のことながら、上の娘が主役の「ピーチ」になりました。私は青が似合うと娘が思っていたらしくて「ベリー」に、妻は「パイン」に、妹は「パッション」に。紙風船か何かでバレーボールをやっていたんです。

 そこで妻を「かーちゃん!」と呼ぶと、娘が「パインでしょ!」と怒るんですよ。だから「行くわよ、パイン!」とか「頑張って、ピーチ!」とか言って遊んでたんですよ。そしたら「ん? パイン、ピーチ、ベリーだと... ...? 全部『両唇破裂音』で始まるじゃないか!」と思って。「ちょっと待った!」と言って、娘が持っていたプリキュアの映画のパンフレットで確かめてみました。

 まず目に留まったのは『魔法つかいプリキュア!』(シリーズ13作目)。名前を確かめると「ミラクル、マジカル、フェリーチェだと... ...?」と。こっちも全部、はじめの音が両唇音なんですよ。しかも「フェリーチェ」ですよ? なかなかない言葉じゃないですか。「フェ」は両唇を使った「両唇摩擦音」なんです。この発見にいたく感動しまして。何かあるぞと思って、全員の名前を分析したんですよね。そしたらやっぱり両唇音で始まる名前が多かったんです。

――なぜ、多いのでしょう?

 私の仮説としては、両唇音はかわいいんですよ。なぜかというと、赤ちゃんが初めに発する子音だからです。これはおそらく哺乳行動に原因があると思っています。母乳やミルクを飲むのが赤ちゃんたちの仕事なので、唇を動かす「口輪筋」という筋肉が発達していて、両唇音が得意なんです。赤ちゃんが発する音だからかわいい。プリキュアの登場人物には、そんな音が採用されてるんですね。

日本語ラップの制約と創造性

――川原さんは日本語ラップに造詣が深く、ラップバトル番組「フリースタイルダンジョン」のゲスト審査員を務めたりもされました。本書内では、「日本語はラップに向いていない」というネット上の主張に、反論をしたエピソードが印象に残りました。

 2005年にネット上でとある論争が起こりました。当時ラップは今ほどみんなが聞くものじゃなかったんです。まだツイッターもなくて、掲示板文化でした。そこで取り上げられた言語学的な論考なんですが、日本語は母音が5つしかなくて、子音で終わる単語もないから、ラップに向いていないという主張がありました。その主張に「何を... ...!?」と思って、反論をしようと思いました。

 その時点で既にこの主張は間違っていることはわかっていました。日本語ラップでは、母音は小節最後の1個だけじゃなくて、複数個そろえて韻を踏むことが多いんです。でももうちょっと本格的に反論したいなと思って。ただ具体的にどうしたらいいのかまではわからなかったんですね。

 当時、私はアメリカのマサチューセッツ大学の大学院生でしたが、マサチューセッツ工科大学のDonca Steriade先生が講演に来て、ルーマニア語の詩の韻に関する分析を披露してくれたことがありました。ルーマニア語の詩では、小節末で合わせられる子音が同一でなくても、似たようなものであれば許されるということでした。それがどれくらいまでなら違っても許されるかという詳細な言語学的な分析だったんです。

 「あ、これって日本語でもできるよね」と思ったんですね。講演会後のパーティでDoncaに「日本語ラップでも分析してみたい」と話したら、「ちょっとラップをやってみせて」って言われて、その場で披露させられました(笑)。もちろん、どう分析したらいいかのアドバイスもしてもらいましたが。

 せっかくやるなら、ちゃんと学問のお作法を守ってやりたいなと思って。当時、統計の授業もとっていたので、それを学ぶためにも、教科書に出ている練習問題じゃなくて、自分自身の問題が必要だったんですね。渡りに船ですよ。だからテキストファイルに1日1曲、自分の好きな曲に含まれているライムをすべて書き込んでいきました。子音のペアを抜き出して、組み合わされやすさなどを計算するプログラムを書いてみたんです。

 このオタク的な努力が実って、きれいな法則を発見するに至りました。日本語ラップで組み合わされる子音には音声学的に似たものが多いということを、統計学的に実証できたんです。日本語ラップは子音でも韻を踏んでいるんですね。

――川原さんはなぜ、ポップカルチャーなどの親しみやすい題材を取り上げるのでしょう?

 言語学という学問分野は、我々がどのような研究をしているのか、世の中にわかりやすいかたちで伝える努力を十分にはしていないんじゃないかと感じているんです。専門家にしかわからないような抽象的な議論ばかりしているんじゃないか。もちろん専門家としては、その楽しさはわかるんですけど、我々の活動が社会に十分に開かれているとは思えませんでした。

 特にコロナ禍が始まった頃には、もう言語学は社会的実利がないとされて、この世からなくなってしまうんじゃないかと思いました。(鳥類学者の)川上和人さんの本が好きなんですけど、恐竜研究は第2次世界大戦中に止まったことが指摘されていて、それを真に受けてしまって。コロナで大学の財政が悪くなって、補助金も少なくなって、言語学はもうなくなってしまうんじゃないかと。今から考えると不遜もいいところですが、「だったら俺がなんとかしなきゃ」と思ったんですね。それでシラバスに「プリキュアとかポケモンで盛り上がろうぜ!」という風に書いたら、履修人数が爆発的に増えて、結果、話題の授業になってしまいました。

 学期の最後に、授業の感想をもらうんですけど、「学ぶということは楽しいことなんだと久しぶりに思いました」と言ってくれる学生がいます。「音声学を学ぶことで、世界を見る解像度が上がりました」という意見もありました。そういう感想をもらうとすごく嬉しくて、宝のようにして取っていますね。