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女性の生き方を考える「鯨の岬」など新井見枝香が薦める新刊文庫3点

新井見枝香が薦める文庫この新刊!

  1. 『鯨の岬』 河崎秋子著 集英社文庫 627円
  2. 『そこにはいない男たちについて』 井上荒野著 ハルキ文庫 726円
  3. 『マジカルグランマ』 柚木麻子著 朝日文庫 814円

 (1)施設の母を見舞うため、札幌から釧路へとやって来た奈津子は、そこに止まっていた根室行きのローカル線にふと乗り込んだことで、夫と暮らし、孫の世話をする日常の外に踏み出していく。子供の頃、家族で移り住んだ「霧多布(きりたっぷ)」に降り立つと、記憶に残るクジラの解体工場はなかった。《もうおばあちゃんなのに?》。本を読み、貪欲(どんよく)に知識を得ようとする奈津子に放たれた、悪意なき孫の言葉が、心の空洞を浮かび上がらせる。岬を覆う霧は晴れるだろうか。

 (2)1年前に最愛の夫を突然亡くした実日子(みかこ)と、愛し合っていたはずの夫が今は大嫌いな、まり。実日子の料理教室に生徒として通うまりだが、手の込んだまりの料理を喜んでくれた夫はもういない。そして実日子の料理を食べる夫は、もうこの世にいない。マッチングアプリで出会った男に既婚を隠すまりと、自分に好意を寄せる男に夫と死別したことを言わない実日子が、分かち合えぬ孤独を抱えたまま生きる物語。

 (3)七十代半ばで再デビューした元女優の正子は、白髪染めを止(や)め、あえておばあちゃんらしい姿になることで「ちえこばあちゃん」の愛称で親しまれる、理想のおばあちゃんタレントとなった。ところが一転、夫の死を悲しまない態度が世間の反感を買い、あっという間に事務所を解雇されてしまう。しかしそこからが物語の真骨頂。押し付けられた理想をはね返し、自分のための人生を駆け抜ける正子が、全女性にかけられた呪いを解き放つ!=朝日新聞2022年7月30日掲載