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「オーソンとランチを一緒に」/「恐るべき子ども」 早熟監督が放つ悪口・名言・恨み 朝日新聞書評から

評者: 石飛徳樹 / 朝⽇新聞掲載:2022年08月20日
オーソンとランチを一緒に 著者:オーソン・ウェルズ 出版社:四月社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784877461201
発売⽇: 2022/06/30
サイズ: 21cm/409,14p

恐るべき子ども リュック・ベッソン『グラン・ブルー』までの物語 (&books) 著者:リュック・ベッソン 出版社:辰巳出版 ジャンル:伝記

ISBN: 9784777829378
発売⽇: 2022/06/22
サイズ: 19cm/556p

「オーソンとランチを一緒に」 [編・序文]ピーター・ビスキンド/「恐るべき子ども」 [著]リュック・ベッソン

 若くして人生のピークを迎えた早熟の天才は、残りの歳月をどう過ごすのだろう。そんな興味から2冊の映画本を読んだ。
 オーソン・ウェルズ監督は20代半ばで映画史に輝く「市民ケーン」を発表。リュック・ベッソン監督も20~30代で「グラン・ブルー」「レオン」を世に送った。2人ともその後、これを超える代表作を生んでいない。
 『オーソンとランチを一緒に』は、最晩年のウェルズが後輩監督のヘンリー・ジャグロムと食事をしながら、自身の現状への不平不満や、映画人への悪口雑言をぶつける様子を再現している。「私はレイシストだ」と露骨な差別発言を繰り返し、マリリン・モンローは「私の愛人だった」とうそぶく。
 「市民ケーン」をけなしたサルトルを「過大評価にも程があった」とこき下ろす。ハワード・ホークス監督を持ち上げるあまり「残りの監督は彼が食卓にこぼした食べ滓(かす)を食ったにすぎない」。彼にかかればチャプリンもヒチコックもボロクソ。自作を評価しなかったカンヌ国際映画祭について「マーケット以外の価値はない」と言い切る。下品極まる放言の連打だが、それゆえにめっぽう面白い。
 過激だが納得のいく意見も多い。作家のグレアム・グリーンが書く映画評を「ただ知的なだけの平板でつまらんレビュー」と断定し、「興味をもたれる批評家になりたければ、ささやかな熱狂が必要だ。間違ってもいいけど面白がらせないと」。作家の伝記など読みたくないとして「ディケンズは糞(くそ)ったれの卑劣漢だと聞かされ続けるのはもううんざりだ」と吐き捨てる。「シェイクスピアは彼が書いたもののなかにある。肝心なのはそれだけだ」。どれも、座右の銘にしたいくらい共感した。
 『恐るべき子ども』はベッソン自身の手になる半生の記。生まれた日から始まるが、読み応えがあるのは、映画作りの苦心惨憺(さんたん)が書かれた中盤以降だ。駆け出し時代の彼を冷たくあしらった銀行員に対し、新作が完成するたびに試写会への「非招待状」をわざわざ送りつけた。そんな話を得意げに披露する。ウェルズに劣らず、非常に扱いにくいタイプのようだ。
 ベッソンは、29歳の時に公開された「グラン・ブルー」が大ヒットしたところで筆を置く。「これを境に何もかもが変わっていく。成功と金が転がり込んできても、慣れていないため、どう扱えばいいか、ぼくは学ぼうとしていた。世界は広がったが、友人は少なくなり、敵の数が増えていった」。ベッソン、現在63歳。ピークの後の続編を書いてもらわねばなるまい。
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Peter Biskind 映画関係の著書多数。1983~85年にOrson Welles(1915~85)とHenry Jaglomが交わした会話を、音源から編年体で構成▽Luc Besson 59年仏パリ生まれ。青春時代の回想録。