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「タネは旅する」書評 のんきだけど侘びしくて戦略も

評者: 石原安野 / 朝⽇新聞掲載:2022年08月27日
タネは旅する 種子散布の巧みな植物 著者:中西 弘樹 出版社:八坂書房 ジャンル:植物学・森林

ISBN: 9784896943313
発売⽇: 2022/06/23
サイズ: 20cm/318p

「タネは旅する」 [著]中西弘樹

 風にのって飛んでいくタンポポの綿毛、一枚翼のプロペラが回転しながら飛行するカエデのタネ、熟すと突然果皮が裂けてタネを飛ばすホウセンカ、それに、くっつきむし。子どもの頃から大人が通れないような道を探しながら行動していた我が身には、くっついてくるタネも多かった。
 本書には様々な植物の種子の移動方法が描写されている。自ら移動できない植物が、成長しやすい所に子孫を送り出すことは大問題である。親目線でタネを見れば、少しでも日当たりの良い所に運ばれていってほしい気持ちになる。タネを自分の姿と重ねてみると、風任せや他人任せの気楽さにうらやましさを覚える一方、島崎藤村の詞「椰子(やし)の実」に「故郷(ふるさと)の岸を 離れて 汝(なれ)はそも 波に幾月」と描写されるように、波間を漂い続け、自分の力では再びふるさとを見ることもままならない。のんきなようで侘(わび)しさも感じるのが、タネの旅だ。
 一般に植物の種子の記述は、植物についての説明の一部であることが多い。タネの移動というテーマでまとめている本書を読むことで、改めて植物の種にまつわる多様な工夫と共通点に気づき、それぞれが自然の力をうまく利用していることに感心する。
 本書では、タネの移動を大きく四つの方法に分けている。風に乗って飛んでいくか、水に浮いて運ばれるか、動物によって運ばれるか、自ら弾(はじ)けるなどして飛んでいくか、だ。最後の章は、むやみに遠くに飛ばせばいいものではないと、あえて近くに落とす戦略を持つ植物に充てられている。落花生もその一つだ。花が終わり、葉と茎との股になった部分から根のようなものが下向きに伸び、地面の中に入っていき、そこでタネを作る。これでは確かにタネは遠くに移動することはできない。
 植物が厳しい制限の中で生き抜くための機能。工学への応用にも生かせるのではと著者は期待を寄せる。
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なかにし・ひろき 長崎大名誉教授(植物生態学)。著書に『日本人は植物をどう利用してきたか』など。