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土井善晴「一汁一菜でよいと至るまで」 「家のおいしさ」を見つける

 「が」と押しつけず「は」や「も」の軽さとも違う。

 「一汁一菜でよい」のメッセージは、ままならない毎日と食事への思いの間で追い詰められる人を安心させ、料理する気持ちを励ました。文庫と合わせて約33万部のベストセラー『一汁一菜でよいという提案』から6年、椀(わん)からあふれそうなみそ汁に「盛りつけ、いいの?」と衝撃を受けた者として知りたかった、なぜ土井さんが「でよい」境地に至るかがつづられる。

 NHK「きょうの料理」の放送が始まる1957年に生まれた。家業は昭和の主婦の指南役となった父勝(まさる)さんが、母信子さんと起こした料理学校だ。苦労知らずに育った自分の「あかんたれ(弱虫)を治したい」と料理人修業を海外で始める前半は、青春物語のようで、激変する日本の「食」を、外と内、ハレとケの料理を行き来する稀有(けう)な位置から見た記録になっている。

 土井さんは、一汁一菜を語る時「プロの料理と家庭料理は違う」という。その答えは料理人として「ええ料理」を追いかけてきた自分が「家のおいしさ」を見つける後半の人生編に。

 文中に「レシピを見ればそれを書いた人が何を考えているかが見えてきます」とあった。父の没後、新たに東京で歩み始めた頃の『日本の家庭料理独習書』を開くと、すべてが理詰めで書いてある。

 気になる「肉じゃが」に挑戦すると、厚手の鍋で蒸し煮することで、イモも肉も持ち味が逃げずふっくら。甘辛の味は同じでも、勝さんの本にある、加えた水分を飛ばしていく従来の煮物とは方法論がまるで違う。こうしてレシピを検討し続けた先に、あの、なみなみとよそわれたみそ汁なのか。

 ちなみに同じ本で「黒豆」は、父の代表作だったレシピそのまま。それもうれしかった。

 食の思想家として、ますますカリスマ的な存在になっていきそうな土井さん。願わくば料理する手の美しさとともに、レシピからも語りかけてほしい。=朝日新聞2022年9月3日掲載

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 新潮新書・902円=6刷4万4千部。5月刊。「刊行直後は女性読者が多かったが、じわじわと男性読者が増えた」と担当者。