50年前、中学に入学して英語を習い始めたときに、教師にこう言われた。
「英語学習で大事なのは三つの『キ』です」
三つの「キ」とは、暗記、根気、そして年季である。どれかひとつ欠けてもだめだ、というのだ。
当時、英語の達人と言われた人たちが語っていた習得法もすさまじかった。
英語の教科書をひたすら数百回音読せよ。英文解釈の参考書を頭から暗記すれば、5周するころにはおのずと意味がわかる、というのもあった。
英語学習とは厳しい修行の道である。そう信じた世代に属する評者にとって、「わかりやすくて人生変わる」「スラスラ読める!」というこの本の宣伝文句は驚きである。
読んでみると、売れている理由がわかる。図を使って視覚に訴える説明や、教室で教えているような講義スタイルは、最近の学習書の定番だろうが、教える順番にも工夫がある。
多くの英文法書は、名詞、冠詞あたりから始まり、学習者は細かい規則の海でたちまち溺れてしまう。この本は、現在形、過去形、完了形など、日本人の多くが誤解している「時制」をまず取り上げ、太い幹から英文法を攻略するやり方だ。
教える内容を注意深く絞っており、ときに伝統的な教え方と違う記述に戸惑うこともあるが、長年の対面・映像授業で鍛えてきた説明は巧みだ。
学習英文法の分野には多くの名著がある。豊富な例文で英語のプロにも愛用者の多い『英文法解説』(江川泰一郎)や新しい言語学の知見を盛り込んだ『英文法総覧』(安井稔)が上級者向けとすると、本書は、中学レベルの初級文法は習得したが、その次の段階で伸び悩んでいる人に特に役立ちそうだ。
これ一冊で英文法の学習が十分かどうかは見方が分かれるだろうが、「迷える中級学習者」の背中を力強く押してくれるだろう。=朝日新聞2022年10月1日掲載
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KADOKAWA・2420円=4刷7万部。3月刊。著者はオンライン予備校「スタディサプリ」の講師。担当者は「集大成かつアップデートされた内容で、幅広い層に読まれている」。