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「永遠年軽」書評 誰かの葛藤に触れたときの震え

評者: 金原ひとみ / 朝⽇新聞掲載:2022年12月03日
永遠年軽 著者:温 又柔 出版社:講談社 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784065293720
発売⽇: 2022/10/06
サイズ: 20cm/140p

「永遠年軽」 [著]温又柔

 台湾にルーツを持つ人々を描いた、三編からなる短編集だ。表題作「永遠年軽」の主人公、高校生の由起子は、美怜と圭一という同級生と仲良くなる。三人とも苗字(みょうじ)が林だが、美怜だけは「はやし」ではなく「リン」だ。美怜は戒厳令下の台湾に生まれ、五歳の時日本にやって来たのだ。
 平和ボケした同級生に中国と台湾の関係性について語り、毛沢東を讃(たた)える中国歌に心をすり減らし、W杯の日本チーム応援への同調圧力に傷つき、生きづらさを抱え必死にもがく美怜に、由起子と圭一はもどかしさを感じている。
 大学卒業後はそれぞれの人生を歩み始めるが、三人の関係は辛うじて保たれ、物語はコロナの蔓延(まんえん)する現代にまで及ぶ。そして美怜のみならず他の二人も、あらゆるフェーズでそれぞれの現実に直面していた。
 大きな事件は起こらない、何でもない話でもある。しかしこのテーマ、この重みを何でもなく書けるということに、むしろそこまでに重ねられた壮絶なまでの逡巡(しゅんじゅん)や葛藤を感じ、戦慄(せんりつ)した。本書は想像力の物語なのだ。大袈裟(おおげさ)な設定や勧善懲悪などの分かりやすくさせる装置を排除し、包み込むような柔らかさで読者の心を丹念にほぐし、人々に備わっている、自然な想像力を引き出す。
 そしてマイノリティの要素は全ての人が持っていて、皆がそれぞれの生きづらさを抱えているのだという事実を、国籍や言語という普遍的なテーマを掘り下げることによって、この小説は証明している。
 「おりこうさん」で書かれる、日本人っぽい響きの名前を持つ妹を静かに羨(うらや)む気持ち、日本人っぽくないねと言われたことに感じた狂おしさを、私は体験したことがなくとも、手に取るように分かった。もちろんそれは、半分は幻想や錯覚かもしれない。しかし他者に共鳴したその震えが、私のこれからの人生を豊かなものにしてくれるだろうという確信に疑いはない。
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おん・ゆうじゅう 1980年、台北市生まれ。2020年、『魯肉飯(ロバプン)のさえずり』で織田作之助賞。新刊に『祝宴』。