タワマン、港区女子、東カレデートアプリ、オンラインサロンなどの新しいキーワードが使われたショートストーリーズ。
「30まで独身だったら結婚しよ」という短編は、かつて曖昧(あいまい)な関係だった男性とその奥さんが住むマンションに向かう女性の話。彼は、大学の文化祭実行委員時代の仲間だった。服装はダサい。「首元に変な切り込みと紐(ひも)が付いた黒いTシャツ」。互いに馬は合ったし、愛せるダサさだったが、彼女が見下していたことがバレて関係は切れた。彼のダサいTシャツの写真を裏アカウントのつもりで表アカに誤爆した。
その後、30歳になった主人公が、結婚した彼の新居を訪ねる。場所は、千葉県の流山おおたかの森のマンションだ。主人公は、住人を「二子玉マダム」の「ジェネリック品」だなと感じている。ネットで調べると、価格は彼女が都内の清澄白河に買った2LDKの半値くらい。見下す材料は複数見つかる。
住む場所、出身大学をブランドに重ね、優越感を見いだしていく手法は、80年代文化的だ。渡辺和博らの84年のベストセラー『金魂巻(きんこんかん)』がその代表。平等社会という建前の裏を暴いて、金持ちと貧乏の間の決定的溝をパロディ風に示した。
本書はその現代版的な側面がある。ただ本書の主人公たちは、優越感を競うゲームの勝者ではない。逆に敗北感を突きつけられる。「30まで独身だったら結婚しよ」の主人公も、彼の今の生活を見下せば見下すほどむなしさが募ってくることに気がついた。
ツイッターのつぶやきが話題になり、書籍化に至ったもの。現代にいそうな人々、新しいツールがもたらす教訓。現代の都市的フォークロア。他人との比較も自分の価値も数値化、可視化される時代ゆえのつらさだ。
ヒットした理由は? どの話も優越感から転げ落ちるオチが描かれる。他人の転落は、SNS時代の最大のエンターテインメントである。=朝日新聞2022年12月24日掲載
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集英社・1540円=5刷3万部。9月刊。「拡散されたツイートのリンクから電子書籍を購入する読者が非常に多い。普段ほとんど書籍を読まない層も手に取っている」と担当者。