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平山夢明さん「俺が公園でペリカンにした話」インタビュー “どうしようもない話”の限界を目指して

平山夢明さん=撮影・有村蓮

ステレオタイプではない最低な奴ら

――『俺が公園でペリカンにした話』は危険な小説ですね。アブノーマルとしか言いようのない物語が20編も収録されていて、読んでいると頭がくらくらしてきます。

 でしょ? まとめて読んだ編集者も「頭が痛くなってきた」って言ってたよ(笑)。おれがこのシリーズでやりたかったのは、ホラーや恋愛小説と並び立つような、“どうしようもない話”っていうジャンルを作ること。世の中には左脳で楽しむような真面目な本が多いけど、もっと「くっだらねえなあ」っていう落語や漫才みたいな本もあっていいと思うんだよね。ほら、場末の飲み屋に行くと、おじさんたちがどうしようもない会話を延々してるじゃん。ああいう“旨味”を無視するのはもったいない。(書評家の)東えりかちゃんがおれの本を「どうかしてるけど面白い」って言ってくれたことがあるけど、今回はその路線を突き詰めてみたかった。

――ヒッチハイカーの〈おれ〉は沼のほとりで、案山子に向かって石を投げている男に出会う、という表題作「俺が公園でペリカンにした話」が雑誌掲載されたのは2011年初春。それから10年以上、奇妙な旅の物語は「小説宝石」誌上に掲載されてきました。

 どうしてこんなくだらない作業を長年続けられたかというと、一話目を読んだ作家の福澤徹三先生が「こんな話が許されていいんですか!」って激高したメールを送ってくれたから。あの真面目な徹ちゃんをこれだけ怒らせるってことは、この席はまだ空いてるんだなって、思わずガッツポーズしたよね(笑)。他にもあっちこっちから怒られて、それがやる気に繋がった。ヒッチハイクものにしたのは『スケアクロウ』みたいなロードムービーが好きで、ああいう雰囲気を出したかったから。いろいろな町を舞台にすることで、浮遊感みたいなものを出せたと思う。

――〈おれ〉が旅先で出会うのは偽善者、変質者、犯罪者など、ろくでもない大人ばかりです。巻頭作の「親父のブイバル――しょせん浮世は、けだものだけだもの。」では、わが子の優秀さを他人に語らせようとする老人が現れ、続く「にゅう・しんねま・ぱらいそ」では、映画館経営者の歪んだ欲望が露わになります。

 人間のどうしようもなさの限界を見極めたい、って思いがあったよね。本当にくだらない奴っていうのは、ここまでやるんだと。考えてみればおれが子どもの頃も、まわりにどうしようもない大人がいっぱいいたよ。小学校の運動会に「おれも走らせろ」って参加する奴とか、校庭に麻雀台持ち込んでる奴とか(笑)。政治のニュースを見ていると違う意味でどうしようもない、嘘つきや偽善者もいるし。どっちにしてもステレオタイプな悪人ではない、最低な奴らを出したいって思いがあったよね。

平山夢明さん=撮影・有村蓮

表現規制を逆手に取って生まれたスラング

――下品さと馬鹿馬鹿しさを煮詰めたようなセリフも大きな特色。「それじゃあ、あんたと俺の息子の良さがシェアできないじゃないか」「したくないよ」(「親父のブイバル」)、「アンパンマンって世間の味方よ」「おれなら餡の代わりに尻から出るものを詰めてやるね」(「ろくでなしと誠実鬼」)などの会話に、思わず声を出して笑ってしまいました。

 言葉は通じているのに、まったくコミュニケーションが取れる気がしない。そういうちぐはぐな会話が好きなんだよ。こんなくだらないやり取りって腹の中ですることはあっても、絶対口には出さないじゃない。それをあえて書いてみた。そしたら校正からの指摘がすごいことになりましたね(笑)。最近は使っちゃいけない言葉が増えているけど、表現規制を逆手に取って、新しい表現を生み出すこともできる。この連載を通じて、辞書にないスラングをいくつも発明しましたよ。

――貧しい少年が殴られてお金を稼ぐ「大統領はアメリカンを三杯とBullyられ屋」、自称ヒーローの富裕層による人間狩りを描いた「五十五億円貯めずに何が人間か? だってさの巻」のように、現代の格差社会を風刺したような作品もあります。

 おれたちみたいな仕事は、言ってみれば炭坑のカナリアだから。世の中のちょっとした違和感を察知して、こうなって欲しくないという予測をエンターテインメントに落とし込んで、警鐘を鳴らすのが仕事なわけ。『東京伝説』って本を書いた当時は「日本でこんな犯罪が起きるわけがない」って言われたけど、今じゃ予言の書扱いだもん。ただ説教臭くなるのも趣味じゃない。おれって人が真面目にしてると、余計に笑いたくなるタイプだから。

――主人公の〈おれ〉は無一文の風来坊ですが、お金や権力に執着がなく、弱い者いじめもしない。意外にまっとうな人物ですよね。

 どうして自分ばっかりこんなひどい目に遭うんだと思っているだろうけど(笑)、まっとうな価値観は持ってる人間だよね。その芯がぶれてしまうと、善も悪もない混沌とした世界になってしまう。そういうものが読みたいんだったら、ノンフィクションを読めばいいと思うからさ。善人が救われてほっとするのか、悪人が栄えてうんざりするのか。自分が描きたいのはそのどっちかだよね。

――ぶよぶよした不定形の生物が登場する「わがままはわがままぱぱのんきだね」、子どもたちを虐待する町の秘密を描いた「子ども叱るな来た道だものと、こびと再生の巻」のように、ホラー味が強い作品もあります。

 やっぱりホラーと笑いって表裏一体なところがあるじゃない。映画に喩えるなら、同じシチュエーションでもクローズアップで撮るとシリアス度が増すけど、ロングで撮るとお笑いになる。『エクソシスト』でリーガンが悪魔に取り憑かれて、ベッドでのたうち回っているのだってさ、目の前で見たらホラーだけど、うんと距離が離れていたら「何やってんだ、あの親子」って間抜けな感じになるじゃない(笑)。そこは演出の違いなんだと思う。このシリーズだって、どんよりした空模様とか、汚れた車の様子を丹念に描写していけばホラーになるよね。

『俺が公園でペリカンにした話』(光文社)

読み手をくたくたに疲れさせるような作品を

――約580ページにわたって、脱力するような物語が延々くり広げられる『俺が公園でペリカンにした話』。平山さんにしか書くことができない、唯一無二の小説だと思います。

 そう言ってもらえると嬉しいよね。くっだらない話ではあるけど、読み味の強烈さはマイク・タイソン級を目指してますから(笑)。読み終えたら全身ぐったりして、布団に入りたくなるような本になっていると思います。最近ってそういう本が少ないじゃない。昔は筒井康隆先生とか村上龍さんとか、読み手をくたくたに疲れさせてくれる小説があった。そういう経験を今の読者にもしてほしいし、娯楽が山ほど溢れている時代、小説はそこを目指さないと駄目だと思う。

――『俺が公園でペリカンにした話』の「特別巨大版BOX」も販売されるそうですね。A4サイズに巨大化した同書の他、特製Tシャツなどが同封された限定品だとか。

 しらないよ、どうなっても(笑)。巨大化したら面白いですねって言ったのは、編集者だから。本をでかくするっていうアイデアは、他で聞いたことがないし、馬鹿馬鹿しくていいんじゃないですか。直筆サインとか巨大化したエッセイ集とかいろいろ入っているらしいので、欲しい方は予約をお願いします。

――では最後に2023年の執筆予定を。

 「ペリカン」のシリーズは『あたいが公園でペリカンに聞いた話』っていう続編を出して完結させるつもりです。今度は女のヒッチハイカーが主人公で、散々運転手にくだらないことを言われ続けるというパターン(笑)。それをまた「小説宝石」に書こうと思っています。
 それと『ボリビアの猿』っていうずっと寝かせている小説があるんですけど、今年はついにそれが出ますね。2月くらいまでには書き終えて、夏頃には本になるんじゃないかな。

――幻の長編がついに!? これまで何度も予告が出ては消えていましたが。

 出ます。いい加減出さないと編集者がみんな死んじゃうからね(笑)。じっくり考えてあって、あとは書くだけなんで、今度こそ大丈夫だと思います。期待してください。