夏川草介さんの読んできた本たち 小学生時代に夢中になった「100万回生きたねこ」(前編)
――いつもいちばん古い読書の記憶からおうかがいしております。
夏川:いちばん古い読書体験ではないんですが、自分の中で「本っていいものだな」という感覚とともにしっかり記憶に残っているのは、『100万回生きたねこ』という絵本ですね。
母親が本を読む人なので家に結構大きな本棚があり、そこに何冊かあった絵本のなかの1冊でした。それまでにも『100万回生きたねこ』は何回か読んでいたんですが、小学校3、4年生の時になんとなく本棚から取り出して読み始めたら夢中になって。すごく引き込まれて、ふと気づいたら結構な時間が経っていました。
――夏川さんの『本を守ろうとする猫の話』に出てくるトラネコは、この絵本のトラネコなんですね。なぜそこまで心引き込まれたのか、言語化は難しいかもしれませんが、今振り返ってどうだったのだと思いますか。
夏川:おっしゃる通りで、その時の感覚は今でさえあまりよく分からないです。とにかく「本って面白いかもしれない」という感覚でした。世の中にファミコンが出始めた頃だったと思うんですが、うちは親がテレビゲームを一切許してくれなくて、友達の家に行ってゲームをやらせてもらうのがすごく楽しかったんです。けれど『100万回生きたねこ』を読んでいた時間は、それをはるかに超えて何かに夢中になった時間でした。たしか昼過ぎの明るい時に開いたはずなのに、気づいたら夕暮れになっていたように思います。そんなに長い話ではないから、何度か行ったり来たりしながら読み返していたのかもしれないです。それが本をもっと読んでみたいと思うきっかけになっている気がします。すごくいい出会いでした。
――そこからいろいろと本を探すようになったのでしょうか。
夏川:そうですね。それまでは母親から「本を読め」と言われてもなかなか読まず、漫画のほうにいく傾向がありましたけれど、それをきっかけになんとなく読むようになりました。まず夢中になったのはポプラ社のルパン全集ですね。小学校5年生の頃に読んだと思いますが、まだうちにあるんですよ(と、モニター越しに本を見せる)。
――おお、『奇巌城』と『怪盗紳士』。きれいな状態でとってありますね。
夏川:ポプラ社のシリーズでは他にシャーロック・ホームズのシリーズと江戸川乱歩の少年探偵団のシリーズもすごく楽しくて、全部読みました。
――本日はリモートでインタビューしていますが、夏川さんの後ろの本棚、ずいぶんきれいに本を並べてらっしゃいますね。
夏川:いちばん日当たりのいい南側の部屋なのに、窓をふさいで四面すべて本棚にしてあるものですから、暗いです(笑)。
――本の貸し借りをするごきょうだいはいらしたんですか。
夏川:姉がいます。姉も読書家で、当時はひたすら赤川次郎を読んでいました。赤い背表紙だったと思いますが、30冊か40冊ずらっと本棚に並んでいました。ただ、私は他に読みたい本があったので、そちらにはいきませんでした。
――その後、どんな本をお読みになったのですか。
夏川:当時だと例えば『ゲド戦記』です。ただ、その時はあまり面白いとは思いませんでした。なんか暗くて重くて微妙だなという。でも大学生になって読み返した時には、印象ががらっと変わって夢中になりました。本ってやっぱり、その人の年齢とか経験値とか、その時の環境によって全然感じ方が違うんだと、身をもって理解しました。他にも、昔読んだ時は面白いと思わなかったけれど、もう一度読んだらものすごく面白かった、という経験は何度もあります。
――『ゲド戦記』は結構なボリュームだと思うんですが、当時、あまり面白くないなと思ったけれど全部読んだのですか。
夏川:私は昔から、読み始めた本は必ず最後まで読むんですよ。これは、ルパン全集を読んだ時に、8割くらい退屈だけれど最後のほうで急に面白くなるという体験をしたからです。父親には「面白くなかったらやめて次の本にいっていいよ」などと言われていたんですけれど、私はとにかく、最後まで読まないと分からないという感覚を読書体験で積み上げていきました。
高校生くらいの時も、スタインベックの『怒りの葡萄』を読んだら、95%話が重いというか、きつかったんですよね。でも最後の10ページにその95%分を全部背負って大きな感動が来る体験をしました。そういうことがあるので、基本的には1回手に取った本は、これも何かの縁だと思って必ず最後まで読んでいます。効率はよくないでしょうし、それが正しいかどうかは分からないですけれど。
――小説以外で、図鑑や漫画、アニメなどで好きだったものはありますか。
夏川:うちはテレビゲームが駄目だというほかに、テレビアニメも「ドラえもん」と「サザエさん」以外は駄目だったんです。当時だと「ルパン三世」がすごく見たかったんですけれど、駄目と言われていました。「北斗の拳」も流行っていましたけど「あんな暴力的なものは駄目だ」と言われ、「シティーハンター」も「あれは品がなくてよくない」といって見せてもらえなかったんです。家で読めた漫画は『ドラえもん』と『三国志』でした。
――『三国志』ですか。
夏川:横山光輝の『三国志』は、友人の家で最初の3,4冊を読んでものすごく面白いと思ったので、自分で親に全60巻を週に1冊ずつ買ってくれと交渉したんです。母も最初は漫画だからと渋っていて、だったら吉川英治の小説の『三国志』を読みなさいと言っていたんですけれど、母も一緒に漫画を読み始めたところ、孔明が出てきて赤壁の戦いくらいになると母の方から「今日は3冊買ってきていいよ」とか言ってくれて。関羽や劉備が死んだあたりから、今度は「つまらないからもういいんじゃない」と(笑)。でも2人で漫画を買いに行くことができた数少ない思い出が、その『三国志』です。
漫画もその程度だったので、自分にとっての娯楽は小説だったのは確かです。物語が好きだったので、読むものの大半は小説でした。
――他に運動とか楽器とか、打ち込んだものはありましたか。
夏川:習い事は中3か高1くらいまで空手をやっていました。ただ、打ち込んだわけではないんです。私は昔から体が丈夫ではなくて、気も弱い人間でした。小学校の前半はどちらかというと学校が荒れていた時代で、いじめみたいなものもあって、そういうものを受ける側だったものですから、負けないようにと空手教室に放り込まれたんです。でも、人と闘うのがすごく嫌で。それでも7、8年通い続けて、一応黒帯初段までいきました。それとは別にピアノも3、4年習いましたが、打ち込んだという感じでもないです。
夢中になるものは何もなかったかもしれません。中学校に行って自己紹介を書く時も、趣味や特技の項目に何を書けばいいのか分からない感じでした。自分をうまくアピールできないほうだったと思います。
――ご両親は教育に熱心な、厳しい方だったのでしょうか。
夏川:厳しくはあったんですけれども、共働きだったので、学校から帰ってきても家にいないものですから、あれこれ拘束するほうではなかったですね。こっそりテレビを見るくらいはできて、「ルパン三世」を見たらすごく楽しかったです(笑)。
――ご出身は大阪ですよね。
夏川:高槻市といって、梅田と河原町の間というか、京都と大阪の間にあるベッドタウンです。阪急電車が通っている比較的新しい住宅街で、そういう意味では都市部という印象ではないですね。
――近くに書店や図書館はありましたか。
夏川:図書館は近くにはなかったですね。本屋さんは小さな個人店舗がふたつあって、『三国志』を買ったのはそのうちの片方でした。本当に小さな小さな本屋でしたから、中学生になってはじめて梅田の紀伊國屋書店に行って、あまりの大きさにびっくりしたのを憶えています。2回目くらいに友達と行った時、もともとちょっと方向音痴のところがあるので、一人で歩き回っていたら店から出られなくなってですね。出口が分からくて店員さんに泣きついた記憶があります。本屋さんの中で迷子になるという不思議な経験をしました。
――こんなに本があるんだという、ワクワク感もあったのでは。
夏川:そうですね。曲がっても曲がっても本があるし、ジャンルも違うし。梅田の紀伊國屋書店に行って、小説以外の本も手に取るようになりました。当時はピアノを習っていたので、楽譜がたくさん置いてあったのも発見でした。ジブリの「天空の城ラピュタ」の楽譜を買ったのも紀伊國屋書店だったと思います。
――あ、ジブリの映画は観ることができたのですか。
夏川:そうなんですよ。ジブリは、金曜ロードショーで見てOKでした(笑)。数少ない特別な時間でした。
――学校の勉強はいかがでしたか。
夏川:成績はいいほうではありましたが、これが得意というのはなく、どれもこれも飛びぬけたものではなかったです。
私は公文をやっていたんです。母親の方針なのか、基礎的な学力を身に着けるという意味でひたすら計算問題と漢字をやっていて、いろんな問題を解いていたわけじゃないんですが、小学校では成績はかなり上位でした。中学受験のために小学5年生から塾に通っていたので、そういう意味では確かに親はある程度教育熱心だったのかもしれないですね。当時、中学受験するのはその小学校の中で私一人しかいませんでした。高槻の塾でもまあまあ成績がいいほうだったので、塾の先生が、大阪の梅田にある本校に行ったほうがいいと言って紹介をしてくれて。そっちに行って初日にテストを受けたら、30人くらいのクラスの中で最下位だったんですよ(笑)。そこで世界の広さを痛感したのをよく憶えています。その時の恥ずかしさとか惨めさみたいなものは忘れられないですね。関西には灘とか東大寺学園とか洛南とか、日本でもトップクラスの私立中学がたくさんあるんですが、そういう世界を目指して必死で勉強している同級生たちに、私はまったく及びませんでした。当時は辛かったけれど、いい経験をしたと思っています。
――そして中高一貫教育の中学校に進学されたわけですか。
夏川:そうです。そうすると、高校受験の勉強をしなくていいんですよね。だから中学校時代は結構本を読む時間がありました。中3の時もほとんど勉強をせずに、以前読んで分からなかった本をもう一回読んでみようとなって、読んだらやっぱり面白い、と再確認したりしました。
この時期に、友人に大のSF好きがいて、自分の中にSF小説というジャンルが入ってきました。友人らが好きなSFは、物理的な思考をしっかり取り入れたものといいますか。たとえばタイムマシンを使った物語であっても、時間理論がどうだとか、今でいえば量子論がどうとかいった、硬派なものでした。当時だとアメリカの三大巨匠、アイザック・アシモフとロバート・A・ハインラインとアーサー・C・クラークですかね。アシモフは『銀河帝国興亡史』(早川SF文庫『ファウンデーション 銀河帝国興亡史』から始まるシリーズ、もしくは創元SF文庫『銀河帝国の興亡』シリーズ)を完結させる前に亡くなって、別の方が続篇を書いていますよね。一人の科学者が万物理論みたいなものを使って千年分の人類の歴史を予言したことから始まり、これから歴史上で起こる出来事が科学者の言っている通りだとか、その理論に欠点があるとか、欠点のように見えたけれど科学者はその欠点まで計算していたんだとか、そういう流れの話で。歴史小説的な意味合いを含んだ、スケールの大きなお話です。ちなみにアイザック・アシモフはロボット三原則を考えた人ですね。今のロボット工学の基本になる三原則を作ったのは物理学者でなく小説家だという。
――ハインラインは『夏への扉』とかですか。
夏川:そうですね。私がいちばん好きなのは『月は無慈悲な夜の女王』という作品です。結構分厚い本ですけれど、月に送られた囚人たちが地球に対して革命戦争を起こすという、ちょっと変わった物語です。
クラークは、私は『2001年宇宙の旅』にはあまり引き込まれなかったんですけれど、『幼年期の終り』はすごく好きな作品です。
三大巨匠たちの本はだいたい読んで、そこから派生的に広がっていった感じがします。有名なところでは、J・P・ホーガンの『星を継ぐもの』という歴史に残る名作がありますよね。全4部作でどんどん話が広がっていく中で、もちろん私も1巻が一番好きですが、全部通して素晴らしい作品だと思います。(背後の本棚を指して)あそこの青い背のブックカバーが並んでいるところがハヤカワSF文庫ですね。いいSFをいっぱい翻訳しているので、片っ端から読みました。その上の棚のピンクの背が並んでいるところが、創元SF文庫。
――たとえばハヤカワSF文庫だったらフィリップ・K・ディックとかカート・ヴォネガットとかもある感じですか。
夏川:ありますあります。ヴォネガットの作風はちょっと幻想的なところがあってよく覚えています。『タイタンの妖女』とか。
それと、最近は日本から本当に素晴らしいSF作家さんがいっぱい出ていますよね。私は小川一水さんがすごく好きで、『神様のカルテ0』の文庫解説は小川さんにお願いしました。小川さんの『時砂の王』という作品は一押しです。
――その後、夢中になった読書体験といいますと。
夏川:高校生くらいから歴史小説を読むようになりました。司馬遼太郎とか宮城谷昌光さんです。このあたりは(と、背後の本棚を指す)、全部宮城谷さんの本ですね。文章がすごく好きだったんです。内容は戦争の話なのに、文体は格調が高くて、それでいてある種の爽やかさみたいなものもあって。読んでいること自体の楽しさを、宮城谷さんの文章で味わいました。司馬遼太郎さんはやっぱり独特の言い回しが面白かったです。
『三国志』の影響が色濃くあると思うんですが、歴史が好きだったんですよ。子供の頃は将来なりたいものというと歴史の先生かな、くらいの感覚がありました。そんなに強く希望していたわけではないんですけれど。
――好きな時代はあるのですか。
夏川:最近は日本の戦国時代の小説もだいぶ読むようになりましたけれど、当時はやっぱり宮城谷さんと『三国志』の影響で、中国の歴史ものが圧倒的に好きでした。孔子が活躍した春秋戦国時代の話がすごく好きです。日本ではそんなに有名ではない人たちですが、楽毅とか晏子とか子産といった人たちの生き方に憧れみたいなものがありました。宮城谷さんの作品には、ただ戦ってひたすら強いだけではなくて、何のために政治を行うのか悩む主人公たちが出てくるんですよ。儒教主体の世界なので、論語を絡めたような、義とか仁とかいうものが常に話の根幹のどこかにある。強くて戦に勝てばそれでいいわけじゃないっていう感覚を、たぶん宮城谷さんご自身も持ってらっしゃるんだと思うんですが、そういうものが私の中の倫理観と波長が合う感じだったので、好きになっていったんだと思います。
――この記事を読んで、自分も宮城谷さんの本を読んでみたいと思った人にお薦めするなら何になりますか。
夏川:断トツで『太公望』ですね。全3巻ですけれど、友人の中学生くらいのお子さんに薦めたら「すごく面白かった」と言っていたので、中学生でも十分読めると思います。すごくいいんです。後年歴史に残るような天才軍師になる太公望の少年時代からの物語で、戦の世の中でいろんなものを学びながら、だんだん視野が広がっていく。学ぶとはどういうことなのか、何のために戦をするのか、色々なことを懸命に考えながら、自分の世界を作り上げていく、本当に素晴らしい作品だと思います。今でも私は歴史小説の中で好きな作品といえば、必ず『太公望』を挙げると思います。
――司馬遼太郎は何がお好きですか。
夏川:これはもう王道ですけれど『燃えよ剣』ですかね、やっぱり。短篇だと『人斬り以蔵』という、土佐藩出身の人斬りの人生を描いた50~60ページくらいの短篇で、軽妙な語り口があっというまに読ませます。でも膨大な著作のある方ですから、単純に絞るのは難しいかも。
――ところで、『ゲド戦記』を読まれたということでしたが、『ナルニア国物語』などの他の有名ファンタジーも読まれたのですか。
夏川:高校生くらいの時に『ナルニア国物語』なども読みました。ファンタジーはかなり好きです。特に私は上橋菜穂子さんの大ファンで、『狐笛のかなた』が愛読書のひとつなので、『神様のカルテ』の1巻の文庫では、解説を上橋さんにお願いしたんです。縁もゆかりもなかったのに、引き受けて頂けると聞いたときは思わず声を出して喜びました。上橋さんの作品は『獣の奏者』や『香君』など全部読んでいます。自分が敬愛する作家さんに解説を書いてもらえるというのは、本を書いてよかったと思える瞬間です。
――さきほどの宮城谷さんの作品のお話にも通じると思いますが、上橋さんの作品も、国と国の関わりあいや、国をどう作りどう治めるかといった要素がありますよね。そういう作品がお好きなのかもしれませんね。
夏川:たしかに上橋さんの作品は歴史小説に近いニュアンスを持っていますよね。そういう意味では、『ゲド戦記』もいろんな王国があって、それぞれの国の政治が絡んでくるところがあるので、そうした巨視的な視野の作品が好きなのかもしれません。田中芳樹さんの『アルスラーン戦記』も小説だけでなく映画館まで足を運んだ好きな作品ですが、この小説も歴史小説でありながら、魔物も魔法も出てくるファンタジー的要素がありますし。言われてみると、確かに歴史小説的なニュアンスのあるファンタジーが好きなのかもしれません。
――ファンタジーでいうと、夏川さんの『本を守ろうとする猫の話』の続篇の『君を守ろうとする猫の話』は、最初のほうを読んだ時点でミヒャエル・エンデの『モモ』の時間泥棒を思い出したんですが......って、いま本棚から『モモ』を取り出されましたね(笑)。単行本の『はてしない物語』もありますね。
夏川:『君を守ろうとする猫の話』は意識的にエンデのオマージュだと伝えようと思って書いています。ミヒャエル・エンデについてはNHKのドキュメンタリー番組から生まれた『エンデの遺言』という素晴らしい本があって、そこにすごく共感するところがあったものですから。
「君を守る猫」のラスボスの意味が分からないという方は結構いるんですけれど、それはそれでいいと思っています。これはこうですよ、と言葉にして情報化してしまうと、あっという間に消化されて消えていってしまいますから。それぞれの人で考えていただけたら、と思っています。あの本を読んでエンデっぽいと思った人や興味を持った人が、エンデの作品を読むだけでなく、エンデの経済理論にも出会ってくれればいいなという思いをこめています。
――エンデを読んだのはいつ頃だったのですか。
夏川:中学生時代に読んだ時は、そこまで響かなかったんです。でも高校3年生くらいの、受験勉強に追われている最中に『モモ』を読み返したら、見えるものが大きく変わって、素晴らしい作品だ、と。大学生になって『はてしない物語』を改めて単行本で買ってしっかり読んでみたら、こんなに素晴らしい本はないという感覚を持ちました。『はてしない物語』に関しては、自分の読書歴の中でベストスリーに入るくらいの存在だと思っています。これもやっぱり、読むタイミングが大事な気がしますね。『はてしない物語』は結構暗い部分もあるので、自分自身がある程度苦しい目に遭ったという人生経験がないと響かない部分があるかもしれません。
『はてしない物語』は「ネバーエンディング・ストーリー」というタイトルで映画にもなりましたね。「ネバーエンディング・ストーリー第2章」もあって、たしかどちらも評判が悪かったんですよ。でも、私は結構好きだったんです。実際、原作とはあまりにも違う出来栄えではあるんですけれど。私はやっぱり根本的に、少年が白い竜に乗って敵と闘う、みたいなファンタジーの世界が好きなんだと思います。
――ちなみに中高時代、部活などはされていたのですか。
夏川:ないです。途中少しだけ吹奏楽部に入っていましたけれど、1年も続かずに、あとはずっと帰宅部です。3日に2日は家に帰る途中で友達5,6人とゲームセンターによって、だらだらと2時間潰す、ということを繰り返していました。本当になんの参考にもならない、ドラマにもならない生活でした。
高校時代はある程度受験勉強に追われているところもありましたし、それと、阪神・淡路大震災があって、生活が慌ただしかったんです。そういうこともあり、時間さえあれば本は読んではいましたが、読書量が圧倒的に増えたのは大学生になってからです。
――信州大学の医学部に進学されていますが、お医者さんを目指すようになったきっかけを教えてください。
夏川:私は本当に、子供の頃から高い意志を持って生きているほうではなかったんです。ぼんやりその場その場の感じで生きている傾向があったので、高校1年生の段階でも、将来何になりたいか明確なものを持っていなかったんですね。「将来の夢は何ですか」と訊かれるのがすごく嫌だったので、それはよく憶えています。
そんな頃に阪神・淡路大震災が起こって、たくさん怪我人が出て、友人の中にも家を失った人が何人かいて。家の周りでも塀が倒れ、いろんなものが壊れていたんです。その朝、父親と瓦礫を片付けていたら、ふと父親が「自分がお医者さんだったらもうちょっと何かできることがあったのに」というようなことを言ったんです。それを聞いて、だったら医者を目指してみようかと思ったのが最初でした。それが高校1年生だったと思うんですけれど、そこから明確な目標ができたので一生懸命勉強を始めました。
――勉強は得意でしたか。特に国語はいかがだったでしょう。
夏川:国語に関しては、かなり安定していました。今思えば、読書が国語力を助けてくれたことは間違いなさそうです。公文の漢字テスト以外は何も勉強していないんですけれど、古文漢文含めてそんなに苦労せず、上位にいましたから。
数学は得意ではなかったし、化学に至っては惨憺たるものでした。つまり完全に文系脳で、数学で失った点をなんとか国語で補うという流れだったように思います。
――作文など文章を書くことは好きでしたか。
夏川:好きではなかったです。ただ、高校3年生の時に、作文を徹底して特訓した時期がありまして。私が入った信州大学の医学部は、当時国立大学ではとても珍しいことですが、前期試験が論文と面接だけだったんです。今は違いますが。国立大学は基本的に学力をすごく重視するので、すべての教科の試験があるんですけれども、信州大学は共通試験である程度成績がよければ、たとえば微分積分などの高度な学力は要求せずに、面接と論文だけで通るんです。自分は一般的な学力はあるけれど、ちょっと難しい問題が出たら弱いと自覚していたので、信州大学一本しか道はないと思いました。それで受験の前の1、2か月間、漢文の先生のもとに通って3日で1本くらいのペースで、最終的には10本から15本くらいの論文を書いてトレーニングさせてもらいました。ものすごく怖い先生でしたけれど面倒を見てくれて、徹底して文章の書き方とか、何を伝えたいのか明確にする論理的な考え方とか、言葉には情報を伝えるための道具と、情緒を伝えるための道具という面があるんだといったことを教わりました。
ですから、文章はもともとすごく得意なわけではなかったんです。先生も最初は、このままの文章能力では勝ち残れないよ、とはっきり言ってくれました。1か月経つ頃にはこれなら大丈夫だと言ってくれるようになりましたし、実際論文で通ったのでよかったんですが、自分の文章を書く能力は所詮その程度だと思います。
ただ、医者になってから自分の文章力は比較的良い方だと自覚するようになりました。医療現場では患者さんに説明したことをその都度カルテに書かないといけないんです。今日はどんな話をしたかとか、患者さんが納得していない空気だったとか、すごく感謝してくれたとか、そういうことも含めて報告を書かなきゃいけない。毎日それをやっている中で、ちゃんとした文章が書けない人が意外にたくさんいるんだなと感じて。あまり偉そうなことは言っては他科のドクターに怒られそうですが(笑)。