映画「シンシン アンド ザ マウス」岸井ゆきのさん&ツェン・ジンホアさん 喪失からの再生、シンプルな言葉で
――原作は、吉本ばななさんが第58回谷崎潤一郎賞を受賞した短編小説集『ミトンとふびん』に収められた「SINSIN AND THE MOUSE」ですが、読んだ感想はいかがでしたか?
ツェン 今回、オファーをいただいて、シンシン役を検討することになってから原作を読みました。原作で描かれているさまざまな場面において、自分自身も似たような経験をしたことがあるように感じて驚きました。でも、それは同じような境遇にあった、同じようなセリフを言ったことがあるのではなく、彼の感情の動きを経験したことがあると思ったんです。なので、原作を読みながら、気持ちも一緒についていくことができました。
岸井 私も原作を読みました。誰もが経験する喪失を再生してくれるのは、実は新しい出来事や新しい人物のシンプルな言葉で、それがものすごく大事なことなんだと。それこそ今、自分が抱えていることの出口を見出せる一歩だったということが、私にも少し覚えがあると思いましたし、読んでいて感銘を受けました。
――それぞれの役柄については、どのようにとらえましたか。
ツェン シンシンという役柄は、日本語のセリフになることや、演じるのが難しい役柄だと感じて、新しいチャレンジになると思いました。日本語については撮影前から勉強し始めましたが、彼の性格については、大きな起伏があるわけでもなく、身体的特徴や得意なことがあるわけでもない。普通に日常を生きていて、誰もが向き合うようなことに直面し、偶然知らなかった人と出会ったことによって、新しいものが生まれるという展開です。しかも1日という短い時間のなかで起こる出来事を描かなくてはいけなかったので、とても細やかな表現が必要になるととらえて、演じるのが大変だと思いましたね。
岸井 ちづみには共感できるところと、そうではないところがあるなと感じました。母の不在を抱えている状態ですが、母と娘の関係性においては絡み合ってしまっているなと。だからこそ、喪失し、彼女自身の何かがそぎ落とされてしまったような感覚に陥ってしまう。母でも父でも恋人でも、私はそれぞれが個々だと感じているので、それは私とちづみの圧倒的に違うところだなと。
――真壁幸紀監督は、映画化するにあたり一貫して音にこだわって、原作と少し違うように撮っているところもありますね。
ツェン はい。真壁監督がこの作品で音に注力して描いているところに関しては、とても面白いアプローチだなと思っています。僕は音楽を聴くよりも、どちらかというと自然音が好きなタイプなのですが、今回こうやって監督の演出で、生活のなかのいろいろな音を取り入れているところがすごく面白かったですし、とても好きな手法だなと感じました。だから、観客のみなさんも、好きになってくれるといいなと思います。
岸井 映画は原作にかなり忠実に作られていますし、原作の素敵な部分が詰まっていますが、とくに真壁監督が音にこだわったのは、ちづみに気づかせるためでもあるのかなと。母親を亡くして、くよくよしている時間が過ぎるなか、彼女自身、音が聞こえていない状況にいるんですよね。本来聞こえているはずの生活音までもが、心理的に聞こえなくなってしまう瞬間はあると思っていて。それが「鳴ってるよ」ということを教えてくれる。
実際にいろいろな音を私たちは耳にしているはずですが、どこかで遮断している場合があって。この映画を観てくださった方々は、映画館を出た後、きっとものすごく外の音が鮮明に聞こえると思うんです。それもまた映画館に来てくださったみなさんへの贈り物のようなものになればいいなと。
さらに、真壁監督のオリジナルの部分で印象的なことは、声の話をする場面で「生きてる人は声から忘れちゃうんだけど、死んでいく人が最後に持っていけるのは声なんだよ」というセリフがあるんです。原作の世界観を大切にするなかで、このアプローチもとても素敵で、映像になったときにより豊かになれるサポートにもなっていると思いました。原作の世界に、真壁監督のエッセンスを入れることによって、視界的にも聴覚的にもより広がったと感じています。
――今回、初共演してみて印象深かったことはありましたか。
ツェン 岸井さんの演技の魅力を、まず、目から感じ取りました。日本語をすぐ理解できないことが多いので、お芝居の時にはなるべくちゃんと理解して演技ができるように、岸井さんのセリフも覚えていって。いろいろなアプローチをして一緒にお芝居をしていると、目やその細やかな演技などに魅力を感じることがたくさんありました。
岸井 ツェンさんの印象深かった場面は、ふたりで服を見に行って「それすごく似合うよ」「いいよ」と言ってくれるところがあって。その「いいよ」という言葉の言い方のチョイスが、彼の優しさや人柄がにじみ出るものがあって、すごく良かったんです。でも、残念ながらその場面はカットになってしまったのですが。すごく気持ちが伝わってきました。そんなコミュニケーションひとつとっても、シンシンの優しいところとツェンさんの優しいところが重なって、素敵なところがたくさんありましたね。
――ツェンさんは日本語を勉強されていて、映画でほぼ全編日本語を話していますが、すごく大変でしたよね。
ツェン 日本語を覚えるのは大変でしたが、ひらがなは読めるようになりましたね。ただ、音読みはできますが、その音が、何の意味かというところまではわからないです。今は文法を勉強している最中ですが、文法はとても難しいですね……(苦笑)。
――ところで、おふたりの最近お気に入りの本はありますか? 岸井さんは2019年に『好書好日』にご登場いただいた際、何度も読んでいるという宮沢賢治の詩集『春と修羅』のお話をしていました。
ツェン 僕は、チェン・スーホン(著:陳思宏/訳:三須祐介)さんの小説を推薦したいです。台湾では『鬼地方』、日本では『亡霊の地』(早川書房)というタイトルで2019年に出版されました。台湾文学賞金典年度大賞と金鼎賞文学図書賞をダブル受賞していて、いろいろな映画監督から「絶対に読んだほうがいいよ」と勧められて読んだのですが、とても面白い小説でしたね。みなさんにも読んでみてほしいので、ネタバレしないように、詳しい内容は言わないでおきます(笑)。
岸井 最近は『演出をさがして 映画の勉強会』(フィルムアート社)という鼎談集が面白かったです。映画監督の濱口竜介さんと三宅唱さん、映画研究者の三浦哲哉さんの3人による映画の話なのですが、演出や監督の立場から、こんな風に映画は見えているんだなと。私はやっぱり映画を物語として見ているんですね。だけど、この本では、いかにしてそのショットが撮られたのか? というところを研究されていて、私とはまた違う映画ファンの見方でもあり、3人がすごく楽しそうに話しているんです。彼らは監督であり映画の大ファンで、新しい視点をもたらしてくれる本でした。
あと、10年以上前にコント番組で共演したオードリーの若林さんが、初めての小説『青天』(文藝春秋)を発売されたので読んだのですが、すごく面白くて。アメフト部を舞台にした高校生のお話で、私はアメフトのことを何も知らないのですが、途中から主人公と一緒にボールを持って走っているような気持ちになって。倒れると目の前には草があって、汗が飛び散るような感覚にまでなりました。
ツェン オードリーさんの小説を読んでみたいですね。最近は、日本語を学ぶための教科書のような本ばかりを読んでいるので、面白いお話を読んでみたいな。
岸井 私も『亡霊の地』を読んでみたいですね。日本でも発売されているようなので、すぐに買います。
――ちなみに、台湾で書店に行くことはありますか?
ツェン 台湾では、どちらかというと書店より劇場に行く機会が多いですね。でも、台湾には「誠品書店」というすごく大きくて有名な書店があります。
岸井 日本にも、台湾発の「誠品生活日本橋」がありますよね?
ツェン そうです。「誠品書店」はいろいろなものがあって楽しい書店ですし、日本のTSUTAYAもあって。独立系では、それぞれオリジナリティーある書店もあって、台湾でも書店はみんなが好きな場所でもあるのではないかな、と思いますね。