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伊与原新さん「コズミック・ガール 宙わたる教室」インタビュー 定時制高校の科学部がロケットを飛ばすまで

伊与原新さん=北原千恵美撮影

「科学部」復活 ものづくりの醍醐味感じる題材とは

――NHKのドラマ化も好評だったヒット作『宙わたる教室』の出版から5年、続編『コズミック・ガール 宙わたる教室』の構想はいつ頃からありましたか。

 2024年にドラマが放送されたあたりから、「続編を出すなら何を書こう?」と考えるようになりました。ドラマを入り口に原作を手に取り、サイン会に来てくれた読者が想像以上に多かったことにも後押しされました。

 その上で、どうせ続きを書くのなら前作の直後ではなく、科学部を立ち上げた藤竹先生や岳人がいなくなった後の世界で、科学部をもう一度立ち上げる話を書きたいと思いました。となると、新たな科学部は「何に」挑戦すべきだろうという点が最も重要になる。それさえ決まれば書ける確信はありましたが、見つかるまでが時間がかかりましたね。いろいろと調べて取材を重ねた上で、最終的には「ロケット」で行こう、と決めました。

――初代・科学部は「火星のクレーター再現実験」という壮大な挑戦でした。今回の物語の軸となる実験をロケットに決めるまでには、どのような経緯をたどったのでしょう?

 前作『宙わたる教室』は、大阪の定時制高校科学部の活動に着想を得て書いた小説です。その科学部の夏合宿には僕も毎年参加しているのですが、そこで淡路島の洲本高校科学技術部が糖燃料を使ったロケットの打ち上げに取り組んでいると聞き、面白そうだなと興味を持っていました。

 ただ、ロケットを打ち上げる小説はすでに世にたくさんあるので、テーマ候補として頭の片隅に置きながらも、他の題材も色々と探していました。それでもやっぱり最終的には火を噴いて飛ぶ「本物のロケット」にしよう、という結論に行き着きました。

 ロケットってすごく魅力的なんですよ。ものづくりの醍醐味や、人類の未知への挑戦を象徴する題材としてもいいし、単純に打ち上げのシーンだけで何度見ても感動できる。あの感動を描きたいという欲求がどうしても消せなかったので、続編はロケットで行こうと決めました。結果的に、それが正解だったと思っています。

定時制高校の風景が変わってきた

――タイトルに「コズミック・ガール」と冠しているように、新生・科学部の中心となるのは女子生徒です。

 消滅した科学部を再び立ち上げる物語にすると決めたとき、今回は顧問の先生ではなく生徒が主体になって動く話にしようと考えました。前作の科学部の発表を聞いて感動した子どもが、数年後に自らその科学部を復活させる。そういう「継承」の形にしようと考えたとき、それができるのは女の子なんじゃないか、という直感がありました。

 「理系で勉強ができるのなら、とりあえず医学部を目指せ」という風潮は昔からありますが、医学や薬学のように堅実な進路を勧められるのは、男子よりも女子のほうが多いのではないかと思うんです。逆に言えば、宇宙のような分野へ進もうという女子には、非常に強いモチベーションがあるはずだろう、と。そんな情熱を持って科学や宇宙に突き進む女の子として、女子御三家の名門校から定時制に転入してきた佐那のキャラクターが生まれました。

 懸命に勉強して入った先の学校とその先の進路が、自分の進みたい方向とは違うと気づいたら、自分で軌道修正できる。そういう生き方があっていい。佐那というキャラクターにはそんな思いも込めています。

――定時制高校に通う学生たちの属性やバックグラウンドも、前作とは大きく異なっています。

 僕が取材で聞いた範囲だと、今の定時制高校は一昔前のように働きながら学ぶ子や、年輩の生徒はほとんどいないそうです。逆に増えたのが、不登校を経験した子や、病気などで普通高校に通えなかった子、それから海外にルーツを持つ現役世代の生徒たち。そんな今の時代の定時制高校らしさも、新生科学部のメンバーに投影しました。

 

――中国籍の生徒・宇辰(ユーチェン)の存在も、今の時代の空気を映し出していますね。本当は日本語が話せるのに、日本への複雑な感情からあえてわからない振りをする。

 親の仕事の都合などで来日した子どもたちの多くは、望んで日本に来たわけではないし、言葉の壁や文化の違いなどから同世代と友人関係を築く難しさがあります。そこから生まれた反発心から、あえて日本人と距離を置く若者として宇辰を描きました。

 国や国境を俯瞰して見ることって、実は科学や文学の得意分野ですよね。60億キロメートル離れた宇宙から地球を撮影した「ペイル・ブルー・ドット(淡く青い点)」という有名な写真がありますが、宇宙から見ればすごくちっぽけなこの星で、国が違うからといって争うことの虚しさや無意味さを、捉え直せてもらえたら。

回り道のように思える時間も絶対に無駄ではない

――科学に詳しいわけではない国語教師が科学部の顧問になる、という展開も前作とは異なる構図ですね。

 教科書を使って教えるとなると、どうしても「教える側」と「教わる側」という構図になりますよね。「やらせる側」と「やらされる側」と言い換えてもいい。でも、研究の世界はそんな風にはっきり分かれていませんし、お互いに教えたり教えられたりしながら実験を進めていくプロセスがとても大事だったりする。今の学校教育には、もっとそういう部分があってもいいのではないでしょうか。

 懇切丁寧に導いてくれる人がいなくても、手を動かせば見えてくることが必ずあります。だから最初は真似でいいんですよ。どんな実験でも、真似しながら手を動かせば、うまくいかない部分や「もうちょっとこうしたい」という部分が出てくるはずだから。

 僕、オリジナリティという言葉が好きではないんです。最近は「0から1を生み出せ」ってよく言われますけど、実際は0から1なんて誰も生み出していませんよ。世の中の研究や技術開発のほとんどは、数百年、数千年にわたって蓄積されてきた膨大な知見の上に、ほんの少しの成果や改良を付け加えるだけのものです。つまり、0.9999……を1にするために全力を尽くしている。僕はそれが本当に大事だと思いますし、そのときに発揮する力こそが「創造性」だと思うんです。

 それに専門的なことはよくわからなくても、子どもたちを近くで見守る大人がいてくれることは、それだけで意味がある。今回はそんな「見守る」大人たちも大勢登場します。

――前作の科学部メンバーも再登場しますが、全員が順風満帆な「その後」を歩んでいるわけではないところもリアルです。

 定時制高校の先生方や卒業生への取材時に、定時制出身者が社会に出てから直面する様々な苦労や理不尽について聞き、信じがたいけれどもその現実も盛り込むべきだろうと考えました。定時制に通ったおかげで自分の道を見つけてうまくいっている人もいれば、進んだ先で厳しい現実に苦しんでいる人もいる。前作のメンバーのその後を通して、その両面を描いたつもりです。

 でも、回り道のように思える時間でも、長い目で見たら絶対に無駄ではないんですよね。僕自身も研究者をしていた時期があったからこそ、今こうして小説を書けている。「こっちの道じゃなければ正解じゃない」と考えて苦しんでいる若い世代の人たちがいるのならば、それはそう思い込ませた大人の責任なので、最短距離で目的地に着くことばかりが人生じゃないと伝えたいですね。

科学に興味がない人にこそ届けたい

――新旧の面々が知恵と力をあわせ、ロケットという夢をどんな形で“ローンチ”するのか。地に足を着けながらも、未来への希望に満ち溢れた「宙わたる」ラストも爽快です。

 前作の科学部ではできなかったことをやらせたい、というラストのイメージは最初からありました。科学を研究していると、いかに自分たちが先人が積み上げてきたものの上にいるんだろうと実感することがとても多いんですね。知識や情報だけではなく、経験や思い、ものの考え方まで、人と人は触れ合いながら、いろんなものを継承して生きている。そのことを教えてくれるのが僕にとっては科学です。

 そういう意味では、科学に興味がない人にこそぜひ読んでもらえたら嬉しいです。むしろ、そうじゃないとこのシリーズを書いた意味がないと思っているくらいですから。