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学校での学びで世界の出来事を理解できる ジャーナリスト・池上彰さん@埼玉県上尾市立瓦葺中学校

国際紛争を考えるうえで欠かせない「地政学」について解説する池上彰さん

まずは「地政学」 地理的状況に目を向けよう

 「ウクライナとロシアはなぜ戦争しなければならなかったんですか?」

 「ウクライナは他国から武器をもらったりして応援されるのに、ロシアが非難されるのはどうして?」

 「私たちはこの戦争をどう考えればいいのでしょうか?」

 ロシアのウクライナ侵攻から約1年。池上さんの特別授業は、この侵攻に対しての生徒たちの質問攻めから始まった。

 「そもそも何でロシアがウクライナに侵攻したのか? そしてこの戦争はいつ終わるのか? 今の世界情勢を理解するために大事なことは、それぞれの国の歴史、地理的状況といった背景を知り、考えること。これを『地政学』といいます」と池上さん。

 地理的な条件に注目し、軍事や外交といった国家戦略、また国同士の関係などを分析、考察する地政学。最近注目の学問だ。

 「ロシアって国土がとても広いでしょ? なのになぜさらに領土を増やそうとしているのか不思議だよね。でも、面積が広いということは国境線がものすごく長いということ。長すぎてすべてに軍隊を配備するわけにはいかない。すると、いつどこから他国が攻めてくるかわからない。実際ロシアは歴史の中で何度も他国から攻め込まれたこともあり、その不安をずっと持っているんだ」

 そして、ロシアは寒い。冬になると港が凍り船が出航できなくなるため、古くから不凍港を求め南の領土を渇望していた。

 ここでかつての日本に目を転じる。大日本帝国時代、周りを海に囲まれた島国ゆえ、南下政策を行うロシア帝国に脅威を感じていた。「日本にしたら、もしロシア帝国に朝鮮半島を占領されたらそこから攻められるのでは、と考えた。そして起きたのが日露戦争。結果、日本は勝利し、朝鮮半島を植民地として支配しました」

 さらに日本は、現在の中国東北部に満州国を作った。池上さんは、その目的の一つを「ロシア帝国を倒して成立したソ連が日本に攻めてこないように、大陸の中に緩衝地帯を作った」と解説。しかし「国」と主張したのは日本だけで、世界のどの国も満州を国家として認めなかった。「時代も場所も違うけど、似てませんか?」と池上さん。ロシアも今回のウクライナ侵攻に先駆け、ウクライナ東部の二つの州で親ロシア派勢力が立ち上げた未承認国家を国家として承認した。

 「ロシアはこの二つの未承認国家を緩衝地帯にして、ウクライナやポーランドから攻めてこられないようにした。僕らは『ロシアはなぜあんなむごいことをするんだろう?』と疑問に思うけど、実は日本もかつては同じような発想をしていたんだ。だからと言って、今ロシアがやっていることを認めるということではない。ただ、それぞれの国の内在的な事情や論理を知った上で世の中で起きていることを考える。それはとても大切なことなんだ」

生徒の発言に耳を傾ける池上彰さん

歴史を知る 大国にほんろうされるウクライナ

 続いて池上さんはロシアとウクライナの歴史に言及する。17世紀から18世紀にかけてロシア皇帝だったピョートル1世は、かつてスウェーデンが占領していた今のウクライナのあたりを奪還しロシア帝国を築く。さらに18世紀後半には女帝エカチェリーナ2世が不凍港を求めて黒海に軍隊を進め、クリミア半島を獲得した。

 「ロシアをたたえるような歴史書を読みあさったプーチン大統領は、『そもそもウクライナなんて国は存在しない。あそこはロシアなんだ』という偏った考えになっていったと言われています」

 第2次世界大戦後、世界はソ連を中心とした社会主義諸国と、欧米を中心とした資本主義諸国が対立。東西冷戦に突入した。しかし1989年、ベルリンの壁が崩壊。ソ連も内部分裂を起こし崩壊した。するとそれまでソ連に抑圧されていた東ヨーロッパの国々の多くが続々と北大西洋条約機構(NATO)加盟を表明した。「プーチン大統領からすればNATOがどんどん東側に攻めてきたかのように感じてしまった」と池上さん。さらに、こうも指摘する。

 「東ヨーロッパの国々がNATOに加盟するのは仕方ないとしても、かつて一緒にソ連を構成していた国がNATOに入ろうなんてことは絶対に許せない。中でもロシアの一部だったウクライナがNATO加盟を望むなんてとんでもないことだ――。プーチン大統領の怒りに火がついてしまったのです」

 ここで生徒から質問。「ウクライナ以外でもソ連の仲間だった国がNATOに入ろうとすると、ロシアは攻撃するんですか?」。池上さんは「いい質問だね!」。NATO加盟を望んだジョージアとロシアの間には2008年、戦争が勃発。ウクライナの西に隣接するモルドバもやはりNATO加盟の意向があるが、モルドバ国内の親ロシア派地域に未承認国家、沿ドニエストル共和国がありロシア軍が駐留している。「かつてソ連だった国がNATOに入ろうという動きをすると、ロシアが勝手に作った国に軍を置いてにらみをきかせる。いずれも休戦状態だけど緊張は続いている」と池上さん。

物事はいろいろな視点から考える必要があると説く池上彰さん

戦争はなぜ泥沼化していくのか

 「戦争って始めるのは簡単なんだけど、終わらせるのはとても大変なことなんだ」

 当初、プーチン大統領はわずか3日でウクライナを陥落できると、戦力も兵士の食糧も3日分しか用意していなかったことは有名な話だ。しかし1年が経とうとしている今、戦況は膠着。終わりが見えない。池上さんはここでもかつての日本を例に挙げ解説する。

 「日中戦争では、満州事変や盧溝橋事件で中国軍を撃退し、首都があった南京を占領すれば戦争は終わると思っていた。ところがそうはいかずズルズルと続き、なんとか戦争を終わらせようとアメリカ、イギリス、オランダが日本に経済制裁を行いました」

 アメリカが石油を売ってくれなくなったため、日本は当時アメリカと並ぶ原産国だったオランダ領のインドネシアなど東南アジアに進出していく。アメリカが援軍に来る前にたたいておこうと、日本は真珠湾を奇襲攻撃。「これで米軍は戦意を失うだろうと日本軍は読んでいた。ところがアメリカの怒りに火をつけ、泥沼の太平洋戦争に突入していったのです」

 池上さんは、「戦争を終わらせることが一番いいに決まってる。でも、今回のロシアとウクライナも双方の思惑や事情を見るとしばらく終わりそうもない」と話す。生徒の「私たちにどんな影響がありますか?」という質問には、ロシアが石油や天然ガスの輸出大国であることに触れ、「経済制裁としてロシアから輸入できなくなると、その影響で石油や天然ガス、ガソリンの値段がどんどん上がっていくだろう」。遠くで起きている戦争が、回り回って自分たちの暮らしにも影響を及ぼすこともある。池上さんはこう続ける。

 「日本は菅内閣のときに『2050年までにカーボンニュートラルを実現する』と宣言しました。遠い将来の話だと思っていたけれど、ヨーロッパやアメリカのカリフォルニア州では2035年以降、ガソリン車が販売禁止になり、日本の自動車会社は電気自動車や水素自動車の開発を急ピッチで進めている。戦争の影響で世界経済が大きな打撃を受けているけれど、これを逆にチャンスと捉え、再生可能エネルギーで経済を賄っていくことを考え取り組んでいく。それが今、求められていることなんじゃないか」

 すると生徒から「カーボンニュートラルや再生可能エネルギーについて私たちができることは?」という質問が飛んだ。

 「節電する、自動車よりも公共交通機関を使う、買い替えるときには電気や水素自動車を選ぶ――。一つひとつは小さなことだけど、みんなが取り組んでいけばチリも積もれば山となる。そして、私たちがそういう考え方でカーボンニュートラルや再生可能エネルギーに取り組んでいけば、ロシアから石油や天然ガスを買わずに済み、ロシアが困窮すればミサイルも戦車も作ることができなくなって、結果として戦争を終わらせることにつながっていくかもしれない」

 ロシアのウクライナ侵攻をテーマに、歴史、地政学、安全保障、エネルギーや環境など、さまざまな問題に広がっていった特別授業。池上さんは目の前の中学生たちに、こんな言葉を送った。

 「なぜ勉強しないといけないのか、疑問に思うこともあるかもしれない。でも、歴史や地理、語学、最近だとSDGsなど、実は小学校や中学校での学びがあれば世界で起こっているさまざまなことを理解できる。知識を自分のものにすることで、立派な教養人として社会で生きていくことができるのです」

生徒たちの感想は…

岩佐優来(ゆうき)さん 「ロシアとウクライナの戦争が日本にも影響があり、物価の高騰がまだ続くというお話に、僕たちでできること、エコバッグやマイボトルを持ったりすることからやっていこうと思いました」

佐藤羚斗(れいと)さん 「戦争を止めるための経済制裁が、資源が豊かなロシアの場合は経済制裁することで世界の国々に影響が出る、という話が印象に残りました」

小川晏奈(あんな)さん 「これまでの日本がたどった戦争の話を聞き、『戦争は始めるのは簡単だけど終わらせるのは難しい』ことを歴史が教えてくれているんだなと感じました」