ISBN: 9784766428568
発売⽇: 2022/12/03
サイズ: 21cm/411p
「神経症的な美しさ」 [著]モリス・バーマン
本書が読了に差し掛かったとき、葬儀会社の折り込みチラシに目が行った。そこにあるのは通夜と葬儀告別式が1日で済むプラン。たとえ1日でもお手頃価格で故人をしっかり見送れること、7万円の公的給付があることも強調されている。
本書前半の一節が甦(よみがえ)った。
「(あらゆる先進国が)中世から近代への移行によって受けた傷は精神的・心理的なもので、現実の始原的な層(レイヤー)を押しつぶし、そこに代償満足を補塡(ほてん)した――実に惨めな失敗に終わったプロセスである(略)そこには、実存ないしは身体に根ざす意味の欠如がつきまとっている」
弔いが開拓しがいのある市場となり、速さ・安さ・手軽さが魅力の商品として売り出される。弔うことの煩わしさは解消されるが、生きるとは何か、死ぬとは何かといった実存的問題は置き去りのままだ。見事なまでの「代償満足」。癒やされぬ「傷」。
著者は日本を先進国への移行過程で最も傷を負った国であるとする。英国が200年かけた近代化を、日本は20年ほどで成し遂げねばならなかったからだ。古来より受け継がれた暮らしのあり方を捨て、西洋を模倣し続けた日本人。その精神は西洋への憧憬(しょうけい)と、心の核を求める煩悶(はんもん)の間で分裂し、虚無に泳いだ。これはあらゆる先進国が抱える問題であるが、日本はその速度ゆえ、後遺症が神経症レベルで現れ続けていると著者は分析する。
「魂の喪失と中心の虚空」を軸に、禅、工芸、帝国主義、甘え、序列、同調圧力、消費主義、オタク、引きこもりなど、日本を象徴しつつも、バラバラに語られがちなあれこれが一つの線で結び付けられる。日本人である私から見ると少々強引に見える箇所もある。しかし、粗さがなければ一般化は不可能だ。著者が博識の「アウトサイダー」であることが存分に生かされた作品である。
それにしても訳者あとがきにあるように、本書邦訳がコロナ4年目の今手に取れることは大きい。「最後の我慢」「勝負の3週間」など、感染者が増えるたびに掲げられた精神論、人目を恐れ屋外でも外せないマスク、波風を立てないことが何より優先される感染対策。コロナ禍で見られた様々な現象を紐(ひも)づけて読むと、変わらない日本の構造がより明瞭になる。
ただ著者は、数々の問題を踏まえつつ、日本こそが脱資本主義のモデルになりうると結ぶ。一体どこにそんな可能性があるというのか。答えは本書の中で見つけてほしい。翻訳も美しく読みがいのある一冊である。
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Morris Berman 1944年、米ニューヨーク州生まれ。文化史家、社会批評家、作家。欧米やメキシコなど多くの大学で教壇に立った経験を持つ。著書に『デカルトからベイトソンへ』など。