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「インドとビートルズ」書評 目覚めさせ、崩壊の運命に導く

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2023年02月18日
インドとビートルズ シタール、ドラッグ&メディテーション 著者: 出版社:青土社 ジャンル:紀行・旅行記

ISBN: 9784791775309
発売⽇: 2022/12/26
サイズ: 19cm/413p

「インドとビートルズ」 [著]アジョイ・ボース

 ビートルズがアイドルグループYA!YA!YA!から、インドで哲学集団に変貌(へんぼう)したという報道が世界を駆け巡った。常にビートルズを射程距離で狙い定めることでメディアの動向など無視しても、ツァイトガイスト(時代精神)は知性と感性を超えて、その先の霊性に感応できると知った僕はビートルズが体感したヨガの超越瞑想(めいそう)に没入。
 ビートルズがグル(導師)と呼ぶマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーのリシケシュのアシュラムに彼等(かれら)のあとを追って、三島(由紀夫)さんにもそそのかされてインドへ。ヒマラヤ山脈の麓(ふもと)リシケシュは、僕にはあのジェームズ・ヒルトンの『失われた地平線』のシャングリラを妄想させた。
 ラヴィ・シャンカルからシタールを学んだジョージ・ハリスンはヒンズーのスピリチュアリティに傾倒。かつて経験したことのない「深さと明瞭さ」を体験しながら「自分は何者だ? どこからやって来たか?」と自分捜しの旅に発つジョージ。一方、ジョン・レノンは仮面をつけた自分に耐えられなくなり、神秘主義にはまっていく。そしてジョージもジョンもビートルズから心が離れ、ビートルズでいることにうんざりして、メンバーはギクシャクしていく。そんな最中にマネージャーのエプスタインの突然の死。そのことがマハリシにとっては幸運? ビートルズを益々(ますます)私物化できるチャンス。
 超越瞑想に興味のなかったポールでさえ、思考の範疇(はんちゅう)を超えた体験に自己が「完成されたような感じを受けた」と語る。ジョンの意識は彼を追い越して、曲作りさえ無意味に思え、精神の危機に直面。マハリシはビートルズを目覚めさせたが、同時にビートルズを崩壊させる運命へと導いたグルでもあったのか?
 本書もギクシャクしながらまるでアシッドトリップをしているように時空を上昇、下降しながら、読者をドラッグレス・コンフューズの世界へと誘(いざな)う。
    ◇
Ajoy Bose インドのジャーナリスト。インドの女性政治家マヤワティ氏の伝記などの著作がある。