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「千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話」書評 人生を変えた「魂の言語」への愛

評者: トミヤマユキコ / 朝⽇新聞掲載:2023年03月25日
千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話 著者:済東 鉄腸 出版社:左右社 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784865283501
発売⽇:
サイズ: 19cm/253p

「千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話」 [著]済東鉄腸

 波瀾(はらん)万丈&奇々怪々としか言いようのない人生を綴(つづ)ったノンフィクション・エッセー。気の置けない友人に語りかけるような文体で、ぐいぐい読ませていく。
 大学受験失敗をきっかけに人生の歯車が狂いだし、就活で完全に力尽きた著者は、千葉の実家で引きこもり生活をはじめるが、とあるルーマニア映画との出会いによって人生が一変。やがてルーマニア語で小説や詩を書く作家になったが、難病を患っていることもあって、いまだにルーマニアには行けていない。外国語で読み書きするプロ(作家、翻訳家、研究者など)のほとんどが現地を訪れ、一喜一憂しているのとは、明らかに状況が違う。しかし、だからこそ、読者は猛烈に勇気づけられる。病気だろうが、コロナ禍だろうが、ここにいてやれることって案外あるのかも。建前なんかじゃなく、本当に。
 SNSでルーマニアの友人を増やしまくり、そこからデビューの糸口を摑(つか)むがむしゃらな前進ぶりには冒険モノを読むときのようなワクワクを感じるし、ルーマニアの文壇事情についてのくだりは、「へえ~!」の連続。ルーマニアの出版業界は、ヨーロッパの中でも規模が小さいらしく、プロ作家も兼業が当たり前であり、「日本で使われる『売れる・売れない』という尺度が適用できない」のだとか。つまり、新人賞をゲットしないとデビューできないわけじゃない。書きたい人が書きたいものを書けばヨシ。しかし、市民が文学への興味を失っているわけではなく、海外文学への興味はものすごくあって、とくに村上春樹と村上龍についてはグッタリするくらい訊(き)かれるそうな(笑)。
 外国語で書くことの困難や孤独についても書いてあるが、やはり最後は楽しいが勝る。「俺にとって魂の言語で、俺の魂の故郷なんだ」……ルーマニア語への愛を語る著者は、まるでロック・スターのよう。いいライブを見たときのような読後感が待っている。
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さいとう・てっちょう 1992年生まれ。映画ライター。学生時代から「キネマ旬報」などの映画雑誌に寄稿。