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「エクトール・セルヴァダック」書評 奇想の世界、挿絵でさらに充実

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2023年05月20日
ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション 3 エクトール・セルヴァダック 著者:ジュール・ヴェルヌ 出版社:インスクリプト ジャンル:小説

ISBN: 9784900997851
発売⽇: 2023/04/21
サイズ: 22cm/508p

「エクトール・セルヴァダック」 [著]ジュール・ヴェルヌ

 陸軍士官エクトール・セルヴァダックは、大晦日(おおみそか)の夜、部下とともに彗星(すいせい)の衝突に遭遇し気を失う。
 意識を取り戻すと、そこは西と東が逆転し、一日の長さが半分で、重力が数分の一の孤島。彼らは地球の一部とともに宇宙空間に放り出されたのだった……。 地底、火山、大洋、極寒の地、とセルヴァダックの冒険が始まった。太陽系を巡る二年間の宇宙漂流記。地球に帰還する熱気球の信じられない旅は、ジュール・ヴェルヌの専売特許。
 だけど今回は本文の書評から離れて、本書の約100点の素晴らしい挿絵を描いた挿絵画家ポール・フィリポトーから目を離さないでもらいたい。ヴェルヌの「驚異の旅」をさらに驚異にしているのは木版画などによる挿絵である。私がヴェルニアンになったのは、『神秘の島』でも『海底二万里』でも『八十日間世界一周』の物語でもない。その古典的な技法の挿絵群だ。「驚異の旅」シリーズ全体の挿絵だけでも5千点もある。
 あのポール・デルヴォーも、自作の絵画で同シリーズの『地球の中心への旅』の主人公オットー・リーデンブロックの人物画を引用しているではないか。
 では本書の約100点の挿絵を顕彰してみよう。まるで舞台演劇の一コマか映画の一場面のように今にも登場人物が生きた俳優のような見事な演技によって、今にも画面の外へ飛び出そうとする。人物のひとりひとりが、自らの役を演じ、次の動作に移る一瞬の時間を止め、その表情は今にも言葉を発しそうだ。

挿絵の一枚

 背景の小道具はすべて歴史的時間によって時代考証がなされ、また背景の風景はハリウッド・ナイトのように昼夜の時間を超越した奇想の魔法世界を描き出している。本文の活字から一度、目を移してとくと挿絵の世界の「驚異の旅」に出掛けてみては。