1. HOME
  2. 書評
  3. 「スヌーピーがいたアメリカ」書評 黒人・女性解放 多様な議論招く

「スヌーピーがいたアメリカ」書評 黒人・女性解放 多様な議論招く

評者: 福嶋亮大 / 朝⽇新聞掲載:2023年09月02日
スヌーピーがいたアメリカ 『ピーナッツ』で読みとく現代史 著者:今井亮一 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:マンガ評論・読み物

ISBN: 9784766428995
発売⽇: 2023/07/22
サイズ: 20cm/364p

「スヌーピーがいたアメリカ」 [著]ブレイク・スコット・ボール

 スヌーピーやチャーリー・ブラウンは有名でも、彼らの登場する漫画『ピーナッツ』や作者のチャールズ・シュルツは、意外に深く研究されていない。しかし、1950年から半世紀にわたり新聞連載されたこの漫画には、冷戦期アメリカの中流社会を考えるヒントが詰まっている。本書はその意義をわかりやすく説いた秀逸な著作である。
 大人の出てこない『ピーナッツ』は非政治的な漫画に思える。しかし、シュルツは実際には「さまざまな考えを持つ人々が集まって議論できる場所を設けた」。彼は大衆文化で黒人が排除されていた60年代に、黒人の少年フランクリンをビーチに登場させ、第2波フェミニズムの拡大した70年代に、強気なルーシーを女性解放の支持者として描いた。その際、ステレオタイプにひねりを加え、多様な読み方を誘発したのだ。
 戦争との関わりも想像以上に深い。ライナスがもち歩くセキュリティ・ブランケット(安心毛布)は軍事用語でもあった。ベトナム戦争時に撃墜王に扮したスヌーピーには、戦場のアメリカ兵の苦境が重ねられた。フランクリンが「父はベトナムにいる」と言ったときには、黒人兵が最も死に近いことも暗示されていた。
 共和党のレーガンとも親しかったシュルツは、進歩派にも保守派にも染まるカメレオン的作家であり、そのため『ピーナッツ』は次第に時代遅れと見なされた。だが、この「優柔不断さ」こそが、党派を超えた多様な問いと議論を招き寄せたのだ。彼はこの態度を「リベラル」と呼んでいた。
 それにしても、すぐにうろたえ大騒ぎする今の大人と比べて、悩み内省しながら、問いかけを続ける『ピーナッツ』の子どもたちは、何と大人びていることか。そこには、柔らかな成熟のスタイルがある。「『ピーナッツ』は日ごとの安心毛布であり、アメリカの至宝だった」というバラク・オバマの言葉が心に沁(し)みるのは、私だけではあるまい。
    ◇
Blake Scott Ball 米ハンティンドン大学歴史学科の教員。アラバマ大学で博士号を取得。原著は2021年の出版。