- 『死と乙女』 アリエル・ドルフマン著、飯島みどり訳 岩波文庫 792円
- 『星のように離れて雨のように散った』 島本理生著 文春文庫 748円
- 『魯肉飯(ロバプン)のさえずり』 温又柔(おんゆうじゅう)著 中公文庫 946円
女性と「言葉」との関係を探る3冊が揃(そろ)った。(1)はチリで17年にわたったピノチェトによる独裁下での、拷問を含む大規模な人権侵害を背景とする戯曲。過去の人権侵害を調査する委員会の役職を得たヘラルドと、その妻パウリナのもとに、医師ロベルトが偶然訪れる。医師の声を聞いた妻は、彼がかつて自分に暴行を加えた男だと確信し、それを否定する医師と、確信できない夫とともに過去を蘇(よみがえ)らせる。シューベルトの曲や録音機を通じて、暴力の記憶が演じられるさまに慄然(りつぜん)とする。
(2)はコロナ禍に宮沢賢治の研究と創作を進めようとする大学院生の女性を通じて、人生と物語の関係が探られる。失踪した父親をめぐる、幼少期の家族の記憶という過去と、現在の恋人との関係が引き起こす感情的な混乱のなかで、物語を創るには自分を見つめねばならないのだと彼女は学んでいく。「距離」が強く意識される日常で進むそのプロセスは、劇的な出来事がなくとも人生と小説の本質に鋭く迫る。
(3)は台湾人の母と日本人の父を持ち、日本人男性と結婚して間もない女性桃嘉(ももか)を軸に、人と人の間に入り込む様々な断絶を探っていく。桃嘉の日常には、国籍やジェンダーなどのずれが幾重にも存在し、彼女にとってそれは侵害や暴力として経験される。「ふつう」という言葉の呪縛によって自分自身を奪われていき、もがく女性たちの姿が何重にも切ない。人は一生をかけて、言葉との付き合い方を学んでいくものなのかもしれない。=朝日新聞2023年9月23日掲載