「小説を書こうと決めて書いたわけではない。書きたいことがまず先にあって後から形式がついてきた。いわば、なんでもありの結果です」
2012年の五輪開催後、再開発が進むロンドン東部の下町。公営住宅を追い出されかけたシングルマザーたちが抗議活動を始める――。実話にもとづく物語は、21年の東京五輪から2年後の東京を想起させる。
「政治や社会の問題を書こうとすると、日常のさりげない出来事をつづるエッセーの枠に入りきらない。ルポや評伝だと広く伝わりにくい。思想や人文書の間口を広げて、下の世代も読みやすい本にしたかった」
再開発でおしゃれな街が生まれると言えば聞こえがいいが、家賃が高騰し、低所得の人々が慣れ親しんだ街を追い出される面も。ジェントリフィケーション(gentrification)の問題が物語の背景にある。
ロンドンと東京の共通点、違う点は。「手頃な家賃で住みたい街に住む『居住の権利』は日英共通で、国連も認める普遍的な原則のはず。一方で、労働者や貧しい人が自ら権利を勝ち取ってきた歴史が日英では違う」。ロンドンの女性たちに学ぶべきは。「すぐに諦めないこと。小説のモデルにした団体は今も続いています。参加できる人、参加したい人がやる。顔ぶれが変わりテーマが変わっても、地域の共同体に根ざした自治や人権の精神は変わらない」
今の日本では占拠やデモ、ストライキなどはあまり身近なものではない。でも「ボートの向きを変えようとすれば多少は揺れる。揺れないと変わらないなら私は揺らし続ける」。
主人公は日本の新聞社に勤めるロンドン駐在の女性記者。自身も長い英国暮らしで多くの記者と出会った。主人公のような道を選んだ実在の記者は「2人いた」。「次はあなたが『揺らす』番かもしれませんよ」(文・大内悟史 写真・Shu Tomioka氏)=朝日新聞2023年9月23日掲載