1. HOME
  2. コラム
  3. 谷原書店
  4. 【谷原店長のオススメ】江口寿史画集「step1&2 江口寿史スペシャルセット」 日本のポップカルチャーの変遷を体感できるイラストを堪能

【谷原店長のオススメ】江口寿史画集「step1&2 江口寿史スペシャルセット」 日本のポップカルチャーの変遷を体感できるイラストを堪能

谷原章介さん=松嶋愛撮影

 子どもの頃、夢中になって読んでいた「週刊少年ジャンプ」(集英社)で、『ストップ!! ひばりくん!』に出会いました。鮮烈なギャグ漫画家として人気を集めた江口寿史さんの作品をリアルタイムで読んだ世代です。そのちょっと前に連載された『すすめ!!パイレーツ』も、コミックスを買って読んで、笑い転げていました。

 フォローしているTwitter(現・X)で、江口寿史さんがサイン会を開くと知り、9月9日に東京・西荻窪の今野書店に駆けつけました。『step2』の刊行に合わせて、2018年に出版された『step』と一緒に特製ケースに入れた『step1&2 江口寿史スペシャルセット』も出ていて、迷わずスペシャルセットを買いました。同年代のファンと一緒になって並び、順番を待ちます。だんだん近づく江口さん。そして僕の番。おおっ、目の前に江口寿史さんが座っている! もう感動してしまって、次のお客さんもいるから流れも止められず、なんの言葉もかけることができませんでした。

「ショウスケさんへ。2023年9月9日 江口寿史」

 いま、僕の手元には、ショートボブの女の子を一筆書きのように描いて下さったイラストとサインがあります。僕にとって一生の宝物です。……そう、江口さんのイラストレーションの最大の魅力は、この、可愛い女の子のイラストレーション。江口さんが身悶えしながら生みだした彼女たちの息遣いが聞こえてきそうです。

 思い起こせば、『ストップ!! ひばりくん!』の主人公・大空ひばりくんも、男の子だけれど可愛い美少女でしたよね。扉の絵が毎週、本当に可愛かったな……。『step1&2 江口寿史スペシャルセット』に収められたイラストは、ペン入れに筆ペンを使っている絵が多く、ゆらぎのある線は生き生きとしています。

 画集をめくっていると、ボーイッシュな子もいれば、ちょっとセクシーな子もいる。健康的な子もいれば、憂いをまとった子も描かれる。いろんな女の子がそこにいて、でも、江口さんのフィルターを通し、江口さんならではの一貫性を感じます。広島カープファンとしては「カープ女子」を描いた1枚が素敵ですね。芸能人や有名人の絵も描かれていますが、ただの似顔絵ではなく、ちょっと往年のナンシー関を彷彿させるような、その人の匂いが醸し出してくるような印象を覚えるのです。

 そして、もう1つの大きな魅力は、日本のポップカルチャーの変遷を眺められること。たとえばSEIKOの時計。それから、吉田美奈子、EPO、大貫妙子といった、シティポップのアーティストの名前が書かれたカセットテープ。こういうところに、江口さんの好きなもの、描く事象をとても愛しているということが滲み出ています。ちょっとロイ・リキテンスタインを彷彿とさせるようなタッチ。ギターだって、MARTINではなくYAMAHA。絵って、その人のセンスや、好きなものが凝縮されている。そこかしこに、「オレはこれが好き!」という主張を感じます。

 SONYのWALKMANの絵を見た時には、これで音楽を聴いた頃の思い出が、一気に思い浮かびました。僕はこれで、「スネークマンショー」を初めて聴いたのです。いとこが聴かせてくれたな……。画集や写真集って、その一瞬一瞬を切り取って提示するから、前後の情景も含めて一気に想像が膨らむのですね。「これに至る直前は、こうだったのかな」「この後はどうなるのかな」。そんな想像のできる楽しさがあることを、今回改めて実感しました。ぜひ皆さんも体験してみてください。

 江口さんのイラストといえば、ファミリーレストラン「デニーズ」のメニューブックですが、じつに27年ぶりに復活しました。それに合わせ、ご本人が過去のイラストをTwitter(現・X)上で配布していらしたので、僕もさっそく、ちょっと原田知世さんに似たボーイッシュな女性の絵をダウンロード。スマホの待ち受け画面にしています。

 イラストの評価が高まる一方で、なかなか最新作の漫画が出てこない。いろいろ考え過ぎてしまうところがおありなのかもしれませんが、江口さんはずっと「漫画を描きたい意思は変わっていない」っておっしゃっています。僕もファンとしてじっくり待っています。

あわせて読みたい

 江口寿史さんのギャグマンガに立ち返ってみましょうか。僕が江口作品と出合うきっかけになった『ストップ!! ひばりくん!』。母との死別をきっかけに反社会組織「大空組」に世話になる高校生・坂本耕作と、美少女としか見えない大空組の長男・大空ひばりくんの物語。可愛くて、ポップで、しかも、子どもたちが読む「少年ジャンプ」でセクシュアルマイノリティのトピックを扱う。80年代初頭という時代背景を考えると、じつに早い!
(構成・加賀直樹)