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古代メキシコ 多様な神「祈り、畏れ、捧げた」 河野一隆

(右)「死のディスク石彫」(テオティワカン文明、300~550年)メキシコ国立人類学博物館蔵 (左)「赤の女王のマスク・冠・首飾り」(マヤ文明、7世紀後半)アルベルト・ルス・ルイリエ パレンケ遺跡博物館蔵、いずれも山本倫子撮影

 江戸幕府が開かれて間もない1609年、千葉県御宿(おんじゅく)沖で座礁した帆船の遭難者300人を地元住民が救出し、徳川家康のはからいで故国メキシコに無事帰国させた。日墨(メキシコ)交流の幕開けである。なかでも、3千年に及ぶメソアメリカ文化と1521年のアステカ滅亡で流入したヨーロッパ文化の衝突で独自の進化をとげたメキシコ美術は、1955年に東京国立博物館で開催された「メキシコ美術展」をきっかけとして、多くの芸術家の魂を激しく揺さぶった。「太陽の画家」利根山光人(とねやまこうじん)は語る。「マヤを見てはいけない」と。一度取り憑(つ)かれるとなかなか抜け出せないという意味である。

 以来、東京国立博物館ではほぼ70年ぶりとなるメキシコの展覧会が今夏に始まった。それが特別展「古代メキシコ―マヤ、アステカ、テオティワカン」(朝日新聞社など主催)だ。東京で約33万人が魅了され、現在は福岡県太宰府市の九州国立博物館で開催中である。ヨーロッパやアジアと交流が無く、多様で過酷な自然に宿る神を「祈り、畏(おそ)れ、捧げた」独自で固有の古代メキシコ文明のうち、「テオティワカン」「マヤ」「アステカ」の3文明に焦点を当てる。展覧会にちなんで、各文明の魅力に触れられる本を紹介したい。

発掘の成果から

 まず、総合監修である杉山三郎(アリゾナ州立大研究教授・岡山大客員研究員)が本展開催にあわせて上梓(じょうし)した『メキシコ古代都市の謎 テオティワカンを掘る』。43年間発掘調査に携わる考古学者が、日本ではあまり紹介の無いテオティワカンの全体像を一般向けに書き下ろした。最新の発掘調査・研究成果を豊富な図版と共に解説する。テオティワカンは「太陽」「月」「羽毛の蛇」の3大ピラミッドが配置された古代の計画都市である。とくにピラミッド地下に掘られたトンネルが王墓とする論証や、テオティワカン人の世界観から暦と測量術を復元し都市のマスタープラン(基本構想)を解明するくだりはきわめてエキサイティングである。

 日本でもよく知られているマヤ文明は、トンデモ本の類から学術書まで枚挙に暇(いとま)がなくどれを挙げるか悩んだが、C・W・ツェーラム神・墓・学者』下巻とした。ご存じの読者も多いだろう、本書は考古学の発見ドラマの古典的名著として名高い。私も学生時代に出会い、古代文明への興味を高めた思い出の本である。ただし、当時はメソアメリカ文明に対する関心がなく、チチェン・イッツァ遺跡の壮大なモニュメントやグラン・セノーテ(本書では「聖なる池」)の水中考古学調査などの臨場感あふれる記述に触れても、生贄(いけにえ)という奇妙な慣習に支えられた異様な文明という印象しか残らなかった。しかし、それから40年近く経って、日本でパカル王妃である赤の女王(レイナ・ロハ)墓出土品や聖なる池に捧げられた金製品とめぐり逢(あ)う不思議な縁を感じる。

アステカと小説

 アステカ文明は、あえて考古学ではなく小説の佐藤究(きわむ)『テスカトリポカ』だ。メキシコ・インドネシア・日本を舞台に麻薬や臓器売買の闇ビジネスを縦軸としアステカの神々の神秘性を横軸として紡がれたクライムノベルの長編である。ページを繰るたびにジェットコースターのように展開する凄惨(せいさん)なシーンの連続で、好き嫌いが分かれるかもしれない。しかし、暴力の果てに垣間見える生へのあくなき執着心は、最後に鎮魂歌(レクイエム)のように語られるアステカ神話と奇妙にマッチする。本書に登場した神々に会場で再会した読者も多かったことだろう。=朝日新聞2023年10月14日掲載

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古代メキシコ展の九州会場は12月10日まで。その後、大阪市の国立国際美術館へ巡回(2024年2月6日~5月6日)。