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平田はる香さん「山の上のパン屋に人が集まるわけ」インタビュー 「普通って何?」違和感と向き合い年商3億

平田はる香さん=本人提供

できることを掛け算すれば大きな力に

――中学生のころに自ら近所の焼き鳥屋さんに直談判してバイトをするほど、働くこと自体に興味を持っていたそうですね。平田さんにとって、「働く」とはどういうことだったんでしょうか。

 最近やっと言語化できるようになったんですけど、働くことに興味関心があったというよりは、大人のコミュニティーに属してみたかったから働くことを選択した気がしています。それまで、幼稚園や小学校、中学校と同年代のコミュニティーに自分はうまく馴染めていないなと感じていました。でも、大人になればきっと解決すると期待をしていたんです。特に中学生は制服も変わって体も一気に大きくなる成長期。すごく大人に見えていたんですけど、実際に自分が中学生になってみたら、現実は小学校の延長みたいなもので思ったほど変わらなかった。じゃあ、ほんとうの大人たちとたくさん触れ合ったら違うかもしれないと。

 でも、一度働いてみたら、大人たちもさほど変わらないという感覚があって。いろんな働く場に行けば何かが変わるんじゃないか、どこかに自分と合う人がいるんじゃないかと、探し求めるようにバイトも転々としていました。

マンガ:うえはらけいた 著書に「ゾワワの神様」(祥伝社)「コロナが明けたらしたいこと」(アスコム)など

――初めて見つけたやりたいことがDJだったそうで、そのDJ活動に挫折したことで、やりたいことよりも自分ができることに目を向けるようになり、「できることを掛け合わせる」という考えに至ります。その発想はどこから?

 小さなころから「好きなことは何ですか」「将来、何になりたいですか」という問いかけが多かったので、自然とその言葉に誘導されて、好きなことややりたいことを探してしまいがちだったんですよね。それでうまくいかなかったり、好きなことややりたいことが見つからないのに答えなきゃいけなかったりするジレンマがずっとあったと思います。

 ずっと、やりたいことや好きなことを探し続けて失敗するというのを繰り返していて、だったら根本のやりたいことや、好きなことを探すことを疑ったほうがいいんじゃないかという思いが湧きあがってきました。それでよく考えて、自分自身のことを棚卸ししていったんです。「料理ができる」「器が好きで陶芸教室に通っていた」「ファッション誌でバイトをしていた」など、これまでの経験とその経験を元に自分ができることをノートに書き出していきました。それらを眺めていたら、できることを掛け算してやってみたい気持ちになったんですよね。一つひとつはプロにはなれないレベルでも、掛け算すれば大きな力になるなと思いました。

「変わる」ことが前提の会社

――そうして自分ができることを掛け算した結果、誕生したのが「わざわざ」というお店です。これは自身の居場所を作ることでもあったと思うのですが、規模が大きくなるにつれ「自由出勤制度」やヒエラルキーのないフラットな「長屋式組織」など、ユニークな社内制度を採用してきています。

 自分が世の中の「ふつう」に迎合できないという悩みから、同じような悩みを持っている人がどこかにいるんじゃないかという気持ちがあって、その人たちが働きたくなるような会社をつくろうと思っているだけなんです。要は自分が働きたい会社です。

 例えば、自由出勤制度も、初期のころは世間の「ふつう」の会社と同じようにシフトを組んで働くことを試みたんですが、自分がどんどん出勤するのが嫌になってしまって、「あれ? なんか違う」と気づいたことで採用した制度。他にもいろんな制度を採り入れてきましたが、実行して検証した結果、良くなかったらすぐにやめちゃいます。「わざわざ」は「変わる」ということが前提にある会社なんですよね。なので、入社の際にも、変化に弱い人は大変な思いをするのでやめた方がいいとお伝えしています。

――自分が働きたい会社というのが、いまの「わざわざ」なんですね。改めて、平田さんは自分の心に素直で正直な人だなと思いました。でも、自分の心に素直でいることって難しくないですか。

 多分、すごく難しいです。だから、終始生きにくかったと思うんですよね。学生時代から空気を読めずに言いたいことを言ってしまって、周りの空気がおかしくなっちゃったり、うまくやりとりができなかったり。でも、「ふつう」にしたいという思いは強くて、周りに合わせようとするんですけど、元々体が弱いこともあり、頭が痛くなったり吐き気が出たりと体に不調が出てしまいました。だから、今日の不調はどこからきているんだろうと、その都度振り返るようになりましたね。素直に生きるのは難しいけれども、自分の体や心の声をちゃんと聞いて対処してあげないと、健康から逸脱してしまう。体の弱さゆえにそうした不調が起こりがちだったので、声を聞くしかなかったんですよね。でも、それはある意味よかった点なのかもしれません。

――本書を読んで、平田さんは「もの・かね・ひと」の間にあるフラットな関係性をとても大事にされている印象を受けました。そういう考えを持つようになった原体験みたいなものは何かあるのでしょうか。

 私が中学1年か2年生のときに、昭和から平成に変わったんですよね。昭和天皇が亡くなられて、テレビや新聞が天皇崩御のニュースや追悼特集で一色になったんです。当時はインターネットも普及していないので、その他の情報はほとんど得られなくなってしまいました。私は日経新聞の大ファンで、好きな連載を切り抜いてファイリングしていたんですけど、そうした連載も全て止まってしまって。

 そんなとき、「天皇陛下が亡くなったのだから大変なことだとは思うんだけど、ひとりの人間が亡くなったことで人々の生活がこれだけ変わってしまうほど、命の重さは違うのか」と祖母に尋ねました。そしたら、「命の重さは変わらないけど、立場によって変わることもある。だけど、その疑問はすごく正しいことだから覚えておきなさい」と言われたんです。すごくいい言葉をもらったなと覚えていて、それから立場によって言っていい言葉や悪い言葉、価値の等価交換、対等な関係などについて考えるようになりました。

遊びと仕事を溶けさせたら生き方自体変わる

――2017年の法人化以降、平田さんは講演会などのイベントへの出演が増え、本書と同タイトルのnoteの記事がバズり、注目が高まるなか、「わざわざ」らしさを考えるあまり、本来の自分らしさを見失ってしまったと綴られています。そのとき、平野啓一郎さんの『私とは何か』(講談社現代新書)で分人化の考え方を知って楽になれたのだとか。

 そうですね。平野さんの分人主義の話は本当に心に響いて、当時は自分と法人が混同してしまっていたので、そこを意識的に分けていたところがありました。私生活を楽しんでいるときにどうしても仕事をしなくてはならなくなることに嫌悪感を抱くほど、仕事とプライベートの部分をきっちり分けることにこだわっていましたね。

 当時は対等であることにこだわるがあまり、立場によって言葉の重みや強さが変わったり言葉を使い分けたりしなくてはいけないことをあまり理解できていませんでした。でも会社を経営していく経験の中で、人と人が対等であることと、立場によって言葉を使い分けなくてはいけないことは別物だということが分かるようになり、いまは両方を実践して精神的にもすごく健全な状況になったなと思っています。

 最近は仕事とプライベートの境界線が溶けてきて、昼夜や土日の概念を超えて仕事をしています。もちろんずーっと仕事をしているという意味ではなくて、例えばミーティングの合間に2、3時間の空きがあったら、そこを仕事で埋めようという考えではなく、好きなカフェやレストラン、気になっていたショップに行くといった具合に、1日の中に仕事と遊びを溶けさせるんです。もちろん、万人におすすめできるわけではないですが、個人事業主など時間に融通が効くなら、遊びと仕事を溶けさせたら生き方自体も変わるんじゃないかなと思いますね。

写真:若菜紘之

――どうしても平日の昼間は仕事をするものだと詰め込んでしまいがちですが、そうやってゆるやかにすることで、自分自身の生きやすさにもつながっていくんですね。

 仕事とプライベートを「分けない」ことがいいことだなんて思わなかったので、大発見でした。最近は、遊んでいるように仕事をしている人が最強なんじゃないかなと思っています。どうしたら楽しく仕事ができるかをこれから考えていきたいですね。

 最近はすごく経営の仕事が楽しくなってきているので、もっと自分の良いところを知って、そこを強みにできるような経営をしたいと考えています。

――平田さんはたくさんの経営本を読んでいることが今回の本からも伺えたのですが、影響を受けた経営者などはいるのでしょうか。

 やっぱりセブンイレブン創業者の鈴木敏文さんですかね。みんなが「ふつう」だと思っていることを疑って新しい「ふつう」をつくってしまう感じが、いまの私に深く影響を及ぼしていると思います。いまでこそ当たり前ですが、コンビニにATMを設置したり、挽きたてコーヒーが買えたりと、難しそうに見えて他の人だったらトライしないようなことも、みんなの便利や幸せのために一直線に向かって実現してしまう。そのすごさはとても尊敬しています。

――他には?

 最近気になり始めてこれから本格的に著書を読んでいこうと思っているのが、セゾングループの代表だった堤清二さんです。堤さんは経営者であり、小説家で詩人でもあってアーティスト。自分の優位性がどこにあるのかを考えたときに、想像力が豊かでちょっとクリエイティブなところにあるんじゃないかという気がして、同じような人の行動をもっと真似てみたら何か学べるのではないかと思ったんですよね。

 経営者って、新しいサービスを生み出すことができて世界を変えることができる、とてもクリエイティブな仕事。新しい未来を創造できるって、すごくいい仕事だなと思い始めています。

インタビューを音声でも

 ポッドキャスト「好書好日 本好きの昼休み」でも、平田さんのインタビューをお聴きいただけます。