1. HOME
  2. コラム
  3. 朝日新聞書評委員の「今年の3点」④ 有田哲文さん、小宮山亮磨さん、長沢美津子さん、加藤修・「好書好日」編集長、柏崎歓・読書編集長

朝日新聞書評委員の「今年の3点」④ 有田哲文さん、小宮山亮磨さん、長沢美津子さん、加藤修・「好書好日」編集長、柏崎歓・読書編集長

有田哲文さん(朝日新聞社文化部記者)

①関東大震災と民衆犯罪 立件された一一四件の記録から(佐藤冬樹著、筑摩選書・1980円)
②沈黙の勇者たち ユダヤ人を救ったドイツ市民の戦い(岡典子著、新潮選書・1925円)
③敵前の森で(古処誠二著、双葉社・1870円)

 極限状態に置かれた人間について考えるための3冊。戦火がやまない時代だからこそ。
 関東大震災の際の朝鮮人虐殺で、自警団はなぜ子どもや妊婦まで殺したのか。①は「報復感情」に焦点をあてる。朝鮮人が東京を焼け野原にしたと信じ込み、民族全てが報いを受けるべきだと考えたのではないかと。普通の人たちの変貌(へんぼう)に身震いがする。②が扱うのはナチス政権下のドイツ。強制収容所行きの命令に従わなかったユダヤ人たちがいた。危険を冒しながら、彼らを匿(かくま)ったドイツ人たちがいた。不条理な環境下で人間らしく生きるとは。③は太平洋戦争での日本軍に材を取ったミステリー。撤退戦、しかも輸送部隊が主役という勇ましさとはほど遠い設定に、戦場の過酷さがある。

>有田哲文さんの書評はこちら

小宮山亮磨さん(朝日新聞社デジタル企画報道部記者)

①宗教の起源 私たちにはなぜ〈神〉が必要だったのか(ロビン・ダンバー著、小田哲訳、白揚社・3300円)
②大規模言語モデルは新たな知能か ChatGPTが変えた世界(岡野原大輔著、岩波科学ライブラリー・1540円)
③毒の水 PFAS汚染に立ち向かったある弁護士の20年(ロバート・ビロット著、旦祐介訳、花伝社・2750円)

 20万年の人類史を描いた①だが、国際情勢を思うと「今年の本」感がある。世界各地で2500年ほど前に一神教が生まれたのには、地理的・気候的な必然性があったという説明はあまりに明快。ジャレド・ダイアモンド著『銃・病原菌・鉄』を思い出した。年末年始の読書にぴったり。
 より長い目でみれば、今年は何より「SFみたいな人工知能」が爆発的に広がった年として記憶されるはず。Chat(チャット)GPTの仕組みを短くまとめた②を読むと、時にデタラメを自信満々に断言しちゃうという欠点の背景も、何となく見えてくる。より本格的な解説書も今後出てくるはず。
 ③は国内でも汚染の実態が知られつつある化学物質PFAS(ピーファス)をめぐる実話。読み始めると止まらない。

>小宮山亮磨さんの書評はこちら

長沢美津子さん(朝日新聞社編集委員)

①ひとりで食べたい わたしの自由のための小さな冒険(野村麻里著、平凡社・1980円)
②共食と孤食 50年の食生態学研究から未来へ(足立己幸編著・衞藤久美著、女子栄養大学出版部・2750円)
③オアハカの動物たち(岩本慎史著・安彦幸枝写真、大福書林・2750円)

 「黙食」からの揺り戻しか、食べることをあらためて考える本が増えた今年、深く共感した①は、料理好きで外食にも出かける著者が、うつろう街の景色と、心の内側を行き来する。米1合を炊く土鍋、消えないように訪ねる町中華。自由の幸せと寂しさはさじ加減だ。日々の営みに「自分で決めたという自負を持っていたい」と。②で子どもや高齢者の食を見つめてきた研究者は「共食・孤食」は対立しないと説いた。共食の場面を家族から地域、地球へと広げていくと、社会に何が必要かも見える。
 最後に書店で吸い込まれるように手を伸ばした③を。古い木彫りの動物たちに注がれる愛情が解説にも写真にも。メキシコの色彩と魂の造形の素敵なこと。本も祝福されて生まれたと思った。

>長沢美津子さんの書評はこちら

加藤修・「好書好日」編集長

①街とその不確かな壁(村上春樹著、新潮社・2970円)
②陰陽師 烏天狗ノ巻(夢枕獏著、文芸春秋・1760円)
③近畿地方のある場所について(背筋著、KADOKAWA・1430円)

 「好書好日」の隠れた人気記事が、書評で取り上げる予定の本を月曜日に公開する「次回の読書面」です。更新が遅れたときは閲覧数が急増し、出版社や書店のみなさんの熱量を感じました。今後も本との出会いの結節点でありたいと思います。来年もよろしくお願いいたします。
     ◇
 ①は著者の根源的なモチーフに迫った、集大成的な作品。二つの先行作があり、好書の連載で鴻巣友季子さんが指摘するように真実と虚構という二項対立を超えていく深化を味わえる。
 ②は、安倍晴明と源博雅を組み合わせることで「陰陽師」ブームを生んだシリーズの最新刊。心地よい風に吹かれるような読後感がある。著者が病を克服し、再び新作を味わうことができることを言祝(ことほ)ぎたい。
 ③は進化しつづけている日本のホラー作品の収穫。モキュメンタリー(ニセ実録風)ホラーの手法で、読み手を引き込んでいく。

柏崎歓・読書編集長

①水を縫う(寺地はるな著、集英社文庫・693円)
②サキの忘れ物(津村記久子著、新潮文庫・649円)
③いつの空にも星が出ていた(佐藤多佳子著、講談社文庫・1045円)

 読書面は来週は休載し、年内は今週が最後になります。1年間ご愛読いただきありがとうございました。
 「年金生活で単行本にはめったに手を出しません。物価高で文庫も高くなりました」という手紙を、読者の方からいただきました。私もかつて、本といえば文庫しか買えない学生でした。今年文庫になった素敵な小説を、お正月休みにお楽しみください。
     ◇
 ①は手芸好き男子高校生とその家族の物語。「男らしい」「女らしい」という価値観をめぐる摩擦を踏み越えて、人間が幸せを求める底力のようなものをさわやかに描く。②は短編集。巻頭の表題作は、誰にでもお薦めしたい珠玉の一編。きっともう1冊文庫を買いたくなります。③はあるプロ野球チームを愛する人びとの人間模様。阪神ファンじゃなくても、大谷ファンじゃなくても、大好きな何かに思いを託す営みこそが人生の喜びだと教えてくれる。

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」①はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」②はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」③はこちら