陶芸家の手で青磁の壺(つぼ)が生み出される。釉薬(ゆうやく)の色むらがなく、青く透き通り、見るからに美しい。
モノが人手に渡る道筋には「売買」「贈与」「窃盗」があるが、そのすべてに絡みながら流転する青い壺の運命が十三話にわたって語られていく。
話のどこに壺がでてくるか、なかなか予想がつかない。語り手が活(い)け花をやっている第三、第四話は壺を中心に話が進んでいくが、章を追うごとに壺は後退し、人間が前景に躍りでる大胆な設定になる。
両目の見えなくなった老母を独り暮らしの娘が家に引き取り手術を受けさせるとか、戦後の焼け跡に夫婦二人で始めた銀座のバーに常連客が集うとか、壺とは縁のなさそうな話題も登場し、壺のことが頭から消えそうになった頃合いに不意打ちするように出現するのだ。
扱われるのは現代だけではない。戦前に上流階級だった老婦人が昔語りをするシーンもあれば、学生寮で一緒だった同窓の老女十余人が五十年ぶりに京都旅行をするエピソードもあるなど、戦前戦中にも及んでいく。
カトリックの女子小学校の栄養士が登場する第十、第十一話では、戦後カトリック教会の変革によってシスターの修道服や規則が変化したことが描かれる。ここにはカトリック学生連盟の活動にかかわっていた有吉佐和子ならではの観察眼が光っており、興味深い。
時代や社会状況に目配りがなされ、会話も活き活きと弾み、コメディー映画を観(み)ているようだが、人間社会の騒々しさに比べると、壺の佇(たたず)まいはどこまでも奥ゆかしく、物静かだ。自作の映画に端役で出演する映画監督さながらに、決して前にしゃしゃり出ず、見つけてもらうのを待っているかのよう。
そして読者の目が壺に届いた瞬間、カメラのアングルはくるりと反転し、今度は私たちが壺に見つめられるのだ。この視点の転換が鮮やかで、人の価値観の移ろいやすさを実感させる。=朝日新聞2023年12月23日掲載
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文春文庫・781円。42刷42万1千部。1977年刊の単行本、80年刊の文庫の累計。「往年のファンに加え、若い人は昭和の空気感、エンタメ的絶対的安定の筆力に魅了される」と担当者。