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「ゴキブリ・マイウェイ」書評 人間くさい?生態 楽しく研究

評者: 小宮山亮磨 / 朝⽇新聞掲載:2024年01月20日
ゴキブリ・マイウェイ この生物に秘められし謎を追う 著者:大崎 遙花 出版社:山と溪谷社 ジャンル:生命科学・生物学

ISBN: 9784635063159
発売⽇: 2023/12/04
サイズ: 19cm/271p

「ゴキブリ・マイウェイ」 [著]大崎遥花

 週末の朝に申し訳ない。Gの話である。
 ウゲーと思ったあなた、ちょっと待って。ゴキブリって、人間くさいのだ。何しろ結婚式で相手の翼を折り、互いに離れられなくするというのだから。この行動を見つけた若き研究者が自らつづったのが本書だ。
 ただし研究対象はクチキゴキブリという仲間で、あなたが(たぶん)苦手なアレとは別。森で暮らし、名前の通り、朽ち木の中で朽ち木を食って生きる。
 謎だったのが、繁殖期には飛び回っているのに、ペアで見つかった個体には羽がないこと。実は彼らは交尾の前後に、相手の羽をムシャムシャ食べてしまう。その場面を動画で初めて確認したのが著者だった。
 それがどうしたと思った、そこのあなた。羽の食い合いは育児と関係があるかもと言えば、もう少し聞いてもらえるだろうか。
 交尾を終えたオスはさっさと次を探すのが生き物の通例だが、クチキゴキブリは契りを交わしたら死ぬまで一緒だ。夫婦が協力し、我が子に口移しでご飯を食べさせる。掃除もする。
 羽を食い合うこともペアの「協力行動」の一つらしい。浮気を防ぐため? 朽ち木の中では羽は邪魔だから? 著者はもう仮説を見つけているようだ。
 本書には超高価な顕微鏡も、最先端の遺伝子解析機器も出てこない。シロアリの専門家にコツを聞いて飼育箱を作り、使い古しのカーテンと物干しざおでこさえた暗がりに据え付ける。ゴキブリには見えない赤い光を出すライトも自作し、市販カメラで動画を撮る。
 アカハラ、研究費減少、先の見えないキャリア。業界をめぐるニュースには暗い話が多い。本書も苦労に触れてはいるが、伝わってくるのは研究の楽しさだ。
 ゴキブリ愛は著者自ら描いた挿絵ですぐ分かる。腹部の光沢や脚のトゲを描き込んだ点描画だけでも見てほしい。あの虫に特段の執着を持たない人も、美しいと思うはずだ(たぶん)。
    ◇
おおさき・はるか 1994年生まれ。クチキゴキブリ研究者。2023年より米ノースカロライナ州立大で研究を行う。