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「人種差別主義者たちの思考法」 利己主義政策が生む無知と憎悪 朝日新聞書評から

評者: 藤田結子 / 朝⽇新聞掲載:2024年02月10日
人種差別主義者たちの思考法 黒人差別の正当化とアメリカの400年 著者:イブラム・X.ケンディ 出版社:光文社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784334101039
発売⽇: 2023/11/21
サイズ: 22cm/661p

「人種差別主義者たちの思考法」 [著]イブラム・X・ケンディ

 人種問題をテーマとする良書が相次いで翻訳されている。黒人への人種差別思想の歴史を論じる本書は、2016年全米図書賞ノンフィクション部門を受賞した。分厚い本だが、一般読者に向けて書かれベストセラーになった。イブラム・X・ケンディは、この受賞により、新進気鋭の学者としてメディアで注目を浴びるようになった。
 米国で黒人は人口の約13%を占めるが、黒人が所有する資産の割合は3%以下だ。その一方で、収監者全体の40%を黒人が占める。なぜ人種間格差はなくならないのか。
 著者が他の本でも主張するように、米国では三つの見解が絡み合って展開してきた。第一に、黒人は生物学的に劣るとする「人種分離主義」。これは明らかに差別的だ。第二に、黒人は貧困など環境のせいで劣悪な態度をとるようになったとし、白人の文化を受け入れよと奨励する「同化主義」。実はこれも差別的な考え方だと著者は指摘する。第三に、黒人と白人の外見、行動、文化等が違っても、同じように価値があると認識する「人種差別反対主義」。この立場を取る者は反人種差別を表明したり行動で示したりする。
 本書では、W・E・B・デュボイス、アンジェラ・デイヴィスなど代表的な理論家5人を軸に、各時代の議論を検証していく。著者による大衆文化批評は切れ味鋭く、映画「ロッキー」は黒人地位向上運動を拒絶する白人男性たちの心情を体現したと読み解く。
 著者は、無知が人種差別思想を生み出し、それを信じる人々が人種差別政策を生んだ、という説を否定する。現実はその逆で、人々が政治的・経済的な利己主義から人種差別政策を実施し、それを正当化する人種差別思想が生まれ、無知や憎悪を生んだという。政策→思想→無知の関係が米国の歴史を動かしてきたのだ。そうであれば、是正勧告や教育では人種差別はなくならない。反人種差別に尽力する人々が権限を掌握・維持するしかない、と訴える。
 著者は称賛だけでなく、SNSで誹謗(ひぼう)中傷も浴びてきた。本書や「批判的人種理論」のように、差別が米国の制度や構造に組み込まれているという見方に対して、白人すべてを差別主義者とみなすものだという誤解がある。白人への逆差別だと批判の矢面にも立たされてきた。
 ネットフリックスで本書を原作とする映画「はじめから烙印(らくいん)を押されて」も配信され、こちらも参考になる。多様性をめぐる論争が激化する米国でトランプが大統領再選を狙う今、日本語版のタイムリーな刊行だ。
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Ibram X.Kendi 1982年生まれ。米国の歴史学者、ボストン大教授。2020年にはTIME誌の〈世界で最も影響力のある100人〉に選ばれた。コラムニストやコメンテーターとしても活躍。