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「奔流」書評 政府との関係に焦点あてた検証

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2024年02月24日
奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか 著者:広野 真嗣 出版社:講談社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784065344651
発売⽇: 2024/01/17
サイズ: 20cm/317p

「奔流」 [著]広野真嗣

 灯の消えた繁華街、人影のない学校、新型コロナウイルスの流行を阻止するべく日本社会もかつてない辛苦を強いられた。この対策決定の中心にあったのが、感染症研究者を中心に10人前後で構成された、いわゆる「専門家会議」だった。本書は、そのリーダーである尾身茂、メンバーの押谷仁、西浦博の3氏へのインタビューを中心に、ダイヤモンド・プリンセス号寄港あたりから会議解散までのやり取りを取材しまとめた、ジャーナリストによるノンフィクションである。政府の検証報告書、安倍晋三元首相はじめ当事者の回顧録などが続々と公刊されるなか、専門家と政府との関係に焦点を当てる。
 有事・平時の別なく、専門家の役割は報道などでは見えにくい。この専門家たちは、霞が関の一室や研究室でデータを集計し、数理モデルを用いて解析し続けた。彼らの間には一般的には、政府に対して「どんな政策をとればどんな結果がひき起こされるか」を示すのが仕事であって、実際にどの政策をとるかは政治や官僚に任せるという考え方がある。しかし著者は、パンデミックに際しては当の専門家でさえ、この考え方に踏みとどまれず、結果として3年半の混迷の一翼を担ってしまったことを浮き彫りにした。中立的なはずの科学的メッセージの一言一言が他の誰かの利害と絡まり駆け引きの対象になることに躊躇(ちゅうちょ)してしまう。その一方、深刻な状況を世間に伝え、感染防止を徹底せねば大変な事態に陥るという信念から、ときにいらつき前のめりになる専門家の姿があった。
 著者は、危機を冷静に分析すべき専門家が便利に使われてしまう姿を追い、本のタイトルに「奔流」を掲げる。しかし実際のところ専門家に何ができたのだろうか。何を期待すべきだったのだろうか。あの3年半に何が起こっていたのか、報道から感じていたこととは違う、思いがけない発見もあるだろう。
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ひろの・しんじ 1975年生まれ。神戸新聞記者などを経て独立。『消された信仰』で小学館ノンフィクション大賞。