- すみせごの贄
- 怪談刑事
- アーサー・マッケン自伝
長編ホラー新人賞の最終選考委員を拝命、無事に選考を終えた。お相手は、いま注目の現役ホラー作家・澤村伊智。率直な指摘の数々に、これも日本ホラーの未来を思えばこそかと、大いに感銘をうけた次第である。
そんな澤村の代表作〈比嘉姉妹〉シリーズの最新作『すみせごの贄(にえ)』は短篇(たんぺん)小説集。すべて「怪と幽」誌に発表された作品である。掲載誌が怪談専門誌とあってか、どの作品も情け容赦のない、ストレートな怪異譚(たん)ばかりで、迫力に圧倒されつつ読み進めた。
表題作の「すみせご」をはじめとして、「真っ黒で痩せていて、とても背が高い、棒のような人」(の同類らしき)妖物が登場する作品が目につく。脱出不能な旅館が舞台の「戸栗魅姫の仕事」、〈飴(あめ)買い幽霊〉の現代版「火曜夕方の客」等は私自身、似たような体験を記したエッセーを(怪異そのものに遭遇したわけではない……たぶん)寄稿したことがあるので、他人事とは思えず熟読。
青柳碧人といえば、民話を題材にしたミステリ作品が有名で、ゆえに私とはあまり御縁(ごえん)のない作家かと思っていたのだが、実は大の怪談(それも実話系)ファンで最近そちら系の意欲作を連発。最新作『怪談刑事(デカ)』も「古今無双の」ミステリ+怪談小説だった!
警視庁深川署に長年勤続のベテラン刑事・只倉(ただくら)は、ある日突然「呪われ係」と異名をとる警察庁第二種未解決事件整理係に異動を命じられる。オカルトや怪談が大嫌いな只倉だが、愛(まな)娘・日向が突然家に連れてきた彼氏・炎月の職業は、なんと今流行の「怪談師」! かくして怪異全否定の刑事と、怪異が大好物の怪談師の珍コンビが、怪談めいた難事件の真相を追って、ギクシャク動き出す……。
いかにも妖しい表紙が〈怪談えほん〉で御一緒した市川友章さんの絵なので、思わず手に取った本書だが、1話目から(その筋のマニアには有名な)「田中河内介」の話が紹介され、それどころか4話目「物(もの)の怪(け)の出る廃校」には、広島県三次市に伝わる「稲生(いのう)物怪録」まで登場……私自身が、これまで幾度も自著で紹介してきた怪談話が、素材として用いられていることに、一驚を喫した。
最後は英国怪談三羽烏(がらす)のひとり『アーサー・マッケン自伝』で締めよう。学究M・R・ジェイムズや本気のオカルティストたるブラックウッドに較(くら)べ、わがマッケンは生まれついての文士気質……面白さ抜群と評価が高い自伝2冊を1巻にまとめた本書は、故地ウェールズや魔都ロンドンへの愛着、幼少期からの愛読書、そして神秘的な体験談と、期待どおりの内容。怪奇幻想の文学は、読者数こそ多くはないが一度ハマると忘れがたい懐の深いジャンル。魅力の一端を伝えられたなら本望だ。=朝日新聞2024年3月27日掲載
◆東雅夫さんによるエンタメ季評(ホラー・幻想)は今回で終わります。