「日本語はおもしろい」「日本語は難しい」などの言説を聞き飽きて久しい。僕が普段いるお笑いの界隈(かいわい)でも、「言葉遊び」を軸にしたネタは、かつてほど流行(はや)っていない。偉大な先人らによって、あらかたやり尽くされてしまったのだ。個人的に「日本語を面白がること」の賞味期限は切れかかっていた。そして、本書はどうやらその文脈の本である。正直、食傷気味だと思った。
しかし、ぱらぱらと読んですぐ降参した。グエーと変な声が出た。類書と比して、具体例が多すぎるのだ。なるほど、そう来たか。そういう差別化があり得たのか。
本書では「この先生きのこるには」「冷房を上げてください」「頭が赤い魚を食べる猫」「シャーク関口ギターソロ教室」など、あいまいさを含む表現が大量に取り上げられ、一つ一つが文法的な説明によって解き明かされていく。それもテンポが速い。新書というより問題集のようなテンポである。なんなら章末には練習問題もついている。
すると物量によって、嫌でも言葉のことがわかっていく。この感覚、何かに似ている。筋トレだ。これは本のふりした筋トレなんだ。脳のうち言語を司(つかさど)る部分が、疲れながら喜んでいる。食傷気味だと思っていた頭の中に、言葉で遊ぶことの楽しさが蘇(よみがえ)ってくる。「俺ならこの内容で、こういうふうに遊べそうだ」とアイディアが湧いてくる。
おそらく、本書の想定読者は、第一には日本語の持つあいまいさに関心を持つ方々なのだろう。あくまでも読み物として読まれることを想定しているのだろう。それでも十分面白いはずだ。
しかし一方で、言葉遊びや、言葉による誤解の元ネタに飢えた小説家・脚本家・映画監督・作詞家・お笑い芸人・各種企画屋などにこそおすすめしたい。
一読したのち「誤解の辞書」として手元に置いておくと、豊富な具体例は宝の山となるだろう。僕はそうするつもりである。読んで、遊べ!=朝日新聞2024年3月30日掲載
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ちくまプリマー新書・990円。4刷3万部。昨年12月刊。「SNSやメールなど短文でのやりとりが多い現代、あらゆる世代にとって自分事の本として広く手に取られている」と版元。