めくってこそ面白い! 組み合わせを楽しむしかけ絵本
―― やぎさんといえば『ほげちゃん』をはじめ、シュールでとぼけた味わいのおはなし絵本の数々でおなじみです。しかけ絵本は『どんめくり』が初めてかと思いますが、何かきっかけがあったのですか。
おはなしの絵本は、どうしても時間がかかるんですよ。ストーリーを練るときも難儀しますし、絵を描くにも、私は背景に8割の時間をかけるので、全体で半年くらいはかかっていて。制作ペースとしては、年に1冊か、がんばって2冊ぐらいなんですね。
それで、もう少し短時間で楽しんで描けるタイプの絵本を作れたらと、しかけ絵本の企画が浮上しました。ページが上下2つに分かれたしかけ絵本の企画を考えるようになり、 最初にぱっと思いついたのが「丼」です。というか、丼しか思い浮かばなかったので、 じゃあ丼で考えよう、と。ただ『どんめくり』に登場するいわゆる「丼」は、最初の天丼 とかつ丼だけなんですけどね。ただただ絵を描くことを楽しんで制作した絵本です。
―― いろいろな食べ物の組み合わせの絵本なのかなと思いきや、「きつねうどん」と「たぬきそば」のページでは、うどんとそばの上に動物のきつねとたぬきが描かれています。ページをめくるたびに食べ物からかけ離れていくのが面白いですね。
下は受けるもの、上はのっかるもの、ということで考えていたら、定番の丼の次に思いついたのが、大きく口を開けたペリカンでした。かなり早い段階から食べ物とか関係なくなっちゃったので、もういいや、好きにやろうと思って(笑)。
―― 上と下、どちらか一方をひたすらめくってみたり、ランダムにめくってみたりして、200種類以上の絵と言葉の組み合わせを楽しむことができます。
私自身も、幾通りもの組み合わせを楽しみながら作りました。面白いかどうかは実際にめくってみないとわからないので、ラフを描くたびに絵本のダミーを作っていたんです。実際にめくってみると、この組み合わせは面白いな、これは今ひとつだな、というのが見えてくるんですね。だからダミー本を初めてめくるときは、いつもドキドキワクワクしていて。新鮮な気持ちで楽しめるのが、この絵本を作っているときの醍醐味でした。
―― 1作目『どんめくり』の刊行から3年、2作目となる『どんどんめくり』が出版されました。
『どんめくり』はあまり読み聞かせには向かないかも、と思っていたんですが、1作目が出たあと、思った以上に親子で楽しんでくれていることがわかって。読み聞かせの様子を動画で見せてもらったことがあるんですが、5歳ぐらいの子が、変な組み合わせのところでケタケタ笑うんですよ。こんなにウケるなんて!とうれしくなりました。
―― 5歳ぐらいになると、ある程度常識が身についてくるので、ありえない組み合わせが面白くて笑い転げてしまうんでしょうね。
そうですね。正しい組み合わせもチェックしてから、変な組み合わせのところで爆笑していました。「お気に入りの組み合わせはこれ!」と言いたくなるのか、SNSでもかなり反響がありました。面白い組み合わせを見つけると、誰かと共有したくなるみたいで。確かに、「これ面白いでしょ?」「こっちもウケるよ」なんて言い合いながら読めると、楽しさも倍増しますよね。1作目が早めに重版されたこともあって、2作目を作ることになりました。
製本所の技術で独特の曲線とスムーズな開きが実現
―― 上下別々にめくれる絵本は他にもありますが、境目が曲線になっているのは『どんめくり』ならではの特徴ですね。
丼は真横からではなく、少し上から見た感じで描きたかったので、最初から上下の境目はゆるいカーブにしたいと思っていたんです。編集者さんからボードブック(※厚手の紙を貼り合わせて作った絵本。丈夫で長持ちするため、赤ちゃん向けの絵本に多い)にしましょう、と聞いたとき、できるのかなと思ったんですが、大村製本さんが1年ぐらいかけて、ゼロから形を作ってくださいました。
『どんめくり』の製本は、上下のページの角まで丸くなっていたり、どのページでも無理なくしっかり開けるようになっていたりと、とても工夫されていて。何度めくっても壊れないように、耐久試験もしてくださったそうです。もちろん、まったく壊れないわけではないと思いますが、少しでもめくりにくかったり、すぐ壊れてしまったりすると、読者のみなさんもがっかりしてしまいますからね。こだわって製本していただいたので、2作目が作れて本当によかったです。
―― まずは何を描くか、アイデア出しから始めたのですか。
そうです。上にのるもの、下で受けるものをどんどん書き出していくところから始めました。絵と言葉、両方を同時に考えていく感じですね。ただ、絵では成り立つけれど言葉が成り立たない場合もあるのが難しいところで。たとえば最初の「てんぷらどん」も、普通なら「てんどん」ですけど、「てん」だけだと他と組み合わせたときに意味が伝わりにくいんですね。「てんぷら」としておけば、「てんぷらうどん」「てんぷらまき」「てんぷらパフェ」として成立するので、あえて「てんぷらどん」としました。
2作目の『どんどんめくり』には、だるまとこけしが登場するんですが、言葉の上に「だるま」「こけし」と持ってきてしまうと、下が困ってしまう。そこで、だるまとこけしにそれぞれ表情をつけることで、「げらげらだるま」と「むっつりこけし」にしました。
―― 実はかなり制限があるんですね。
そうなんです。丼も「おやこどん」だとなかなか難しいんですよ。「おやこ」という言葉自体にそもそもの意味がありますし、他と組み合わせたときもあまりうまくいかなくて。だから、上だけでも成立する言葉と下だけでも成立する言葉の組み合わせを延々と考えて、そこから選りすぐっていきました。読者の反応を知りたかったので、ブロンズ新社内で制作途中のダミーを見せて、どの絵が好きかアンケートをとったり、絵本専門店の店長さんにも意見をいただいたりして、参考にさせてもらいました。
2冊とも、最初は定番の丼から始まって、少しずつ食べ物から離れていくという流れにしているので、順番も結構重要で。あと、いろんなパターンの絵を入れたいので、妖怪・おばけジャンルからはこれ、建物ジャンルからはこれ、みたいな感じで決めていきました。
ホラー感漂う、幻のボツ絵も
―― やぎさんのイチオシの組み合わせはありますか。
どれかひとつと選ぶのは難しいんですが、新作『どんどんめくり』だと、がいこつの下半身がどれに合わせても面白いですね。一番好きなのは「ひをふくかいじゅう」の「ひをふく」かな。他のものと組み合わせたとき、動きがあって楽しいなと。
―― しかけ絵本はグラフィカルなデザインのイラストが多いと思いますが、『どんめくり』『どんどんめくり』はディテールや質感にこだわって細密に描かれていますね。海鮮丼の上にこんもり盛られた艶やかに輝くイクラはとてもリアルで、一粒一粒プチッとはじけそうに見えます。
天丼や海鮮丼などは、ネット検索して一番おいしそうな画像を参考にしながら、実際にはありえないくらいてんこ盛りになるよう描きました。『どんどんめくり』の焼き芋は、上の方だけちょっと皮をむいて中の黄色い芋を見せることで、より甘みが伝わったかなと思っています。
「あざらしだいふく」では、あざらしの下の方を豆大福みたいに描いているんですが、自然に変わっていくよう描くのに苦労しましたね。毒ヘビは、最初はもっと鱗をリアルに描いていたんですが、そうしたらすごく気持ち悪くなってしまって。怖くて見たくないと言われると困るので、あえてかわいく、ポップな模様で描いています。
―― 組み合わせを見てボツにした絵もあったそうですね。
ラフの段階でボツにしたものはいくつもありますが、『どんどんめくり』では、色校正が出てから土壇場でボツにした幻の絵があるんです。「はなぢでたせんしゅ」という、鼻血を垂らしたサッカー選手の絵です。ラフの段階ではあまり気にならなかったんですが、色校正紙を加工して上下別々にめくれるようにしてみたら、「はなぢでたなべ」の組み合わせがあまりに衝撃的で。まるで生首を煮ているような、ホラーな絵になってしまったんです(苦笑)。
これはまずい、と慌てて編集者さんに連絡して、何に変更するか話し合いました。結局、鼻血とのつながりで同じ見開きに入れていた「ティッシュボックス」は生かして、「はなたれてんぐ」として描き替えています。天狗なら人間ほどリアリティがないので大丈夫そうだね、ということで。
―― ラストは全員集合でお神輿をかついで、「ぴーひゃら わっしょい! どんどんどん!」と賑やかです。
全員登場するページは最後に描くんですが、今回はぎりぎりで差し替えたので、「はなじでたせんしゅ」のところだけ原画を削って、新たに「はなたれてんぐ」を描きました。お祭りで終わらせたい、というのは最初から考えていて。太鼓の「どんどん」という音と「丼」をかけています。全体的に和な感じの絵が多くなりました。
―― 3作目は考えていますか。
そろそろ定番の丼がなくなってきたので、ちょっと難しいな……と思いつつ、考えています。うな丼を「うなぎどん」にして、無理やりこんもり盛って描くとか、ロコモコ丼みたいなものもありにすれば、3作目もいけますかね……? テレビで流行りの丼を紹介していると思わず見入ってしまったり、丼の専門店もチェックしたりと、いつも丼のことを意識してはいるんですけど(笑)。これならいける!という丼があったらぜひ教えてもらいたいくらいです。