第55回大宅壮一ノンフィクション賞の贈呈式が6月、東京都内で開かれた。脚本家・橋本忍の生涯を描いた受賞作「鬼の筆」の著者である映画史・時代劇研究家の春日太一さん=写真=は「若手の物書きとしてやってきたが、卒業証書を受け取ったような晴れやかな気分だ」と喜びを語った。
2018年に100歳で没した橋本は「羅生門」「七人の侍」「生きる」「砂の器」など日本映画史上の傑作で脚本を手がけた。「戦後最大の脚本家」とも呼ばれる橋本が、人々の積み重ねた営為を無慈悲に打ち崩すものを「鬼」ととらえていたことに春日さんは着目した。
なぜ橋本は「鬼」に踏みにじられる人々を描き続けてきたのか。春日さんは12年もの歳月を費やし、膨大な未発表資料の読み解きや生前の本人に対する長時間のインタビューで迫った。
贈呈式で選考委員の梯(かけはし)久美子さんは「厳密で冷静な分析もあるが、ある作品の分析ではノリを超えた熱さを噴出させている。ノンフィクションに必要なものとノンフィクションの可能性を、最後まで面白く読めるかたちで示した稀有(けう)な作品だ」と評価した。(女屋泰之)=朝日新聞2024年7月3日掲載