ISBN: 9784120057885
発売⽇: 2024/06/07
サイズ: 2.5×19.1cm/224p
「オパールの炎」 [著]桐野夏生
今月、ウーマンリブ運動を牽引(けんいん)した、田中美津さんの訃報(ふほう)があった。男性主体だった学生運動に失望する形で生まれ、「第二波フェミニズム」へと至る潮流は、一九七〇年代に大きなうねりを見せた。半世紀が経った今、当事者たちも鬼籍に入る年齢となっている。
本書の主人公もまた、女性が声をあげた時代にスポットライトを浴びた一人だ。作中、塙玲衣子の名で登場するが、モデルが存在する。「中ピ連」こと「中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合」を率いた、榎美沙子である。
その名を聞き、ピンクのヘルメットを嘲笑まじりに思い出す読者も多いだろう。不貞を働いた男の会社へ詰め寄り、慰謝料請求のシュプレヒコールを叫ぶ活動は、色物のように扱われた。メディアから姿を消し、平成に入ると消息不明の報が。それを伝える週刊誌の筆致からは、彼女を物笑いの種とするマスコミの姿勢が変わっていないことがわかる。男社会の逆鱗(げきりん)に触れた女なのだ。
フィクションの中に、「塙玲衣子」当人は姿を見せない。代わるがわる登場するのは、彼女と関わりを持つ周辺人物だ。かつての同志、幼馴染(おさななじ)み、記者、元夫、被害者家族、隣人。有吉佐和子の『悪女について』式に、関係者の証言によってプリズムのごとく人物像が立ち上がっていく。
世間を騒がせた女について、さまざまな立場の人間が紡ぐ口述の歴史。一貫しているのは、方法はさておき「塙玲衣子」の主張は正しかった、早すぎた、という評価だ。低用量ピルが日本で承認されたのは一九九九年と、欧米から約四十年遅れ。スピード認可されたバイアグラの半年後というオチは「日本は男の天国」であることの、実に情けない証左だった。
あざけられながらも、そこに真っ向から挑んだ女の物語である。同時に、声をあげた女性が社会から消された事実を、いま一度、私たちに問いかける物語でもある。
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きりの・なつお 『柔らかな頰』で直木賞、『東京島』で谷崎潤一郎賞、『燕は戻ってこない』で吉川英治文学賞など。