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「それでもなぜ、トランプは支持されるのか」 二極社会への憤りが生んだ「革命」 朝日新聞書評から 

評者: 三牧聖子 / 朝⽇新聞掲載:2024年08月31日
それでもなぜ、トランプは支持されるのか: アメリカ地殻変動の思想史 著者:会田 弘継 出版社:東洋経済新報社 ジャンル:西洋思想

ISBN: 9784492444825
発売⽇: 2024/07/10
サイズ: 19.5×2.6cm/368p

「それでもなぜ、トランプは支持されるのか」 [著]会田弘継

 不倫口止め料の不正処理事件をめぐり、米国の大統領経験者で初の有罪評決を受けたドナルド・トランプ。大統領選の結果を覆そうとした容疑など、他にも刑事裁判を抱えるが、支持は衰えない。黒人やヒスパニック、若者の支持も着実に広げてきた。数々の差別発言や民主主義を軽視する言動にもかかわらず、である。この現実を説明しようと、トランプ支持者を権威主義に魅入られ、噓(うそ)と真実の見分けもつかない哀れな人たちとみなす論調も広がる。
 トランプが常識破りの人間であることは間違いない。しかし裏を返せば、かくも危険な人間に権力を与え、いったん何もかもを破壊し、「リセット」したいと思うほどに、大衆に政治への絶望と怒りが巣くってきたということでもある。本書が引用するブルッキングス研究所の調査によれば、2016年大統領選でヒラリー・クリントンが勝利した全米472郡がGDPに占めた割合は64%に及び、トランプが勝った2584郡の36%を凌駕(りょうが)した。支持者の経済的な実態では、共和党が貧者の党になりつつある。
 フランス革命前夜、バスチーユ監獄の陥落を受けて「反乱か」と国王に問われた公爵は、「革命です」と答えた。トランプ現象もまた、民主・共和両党が共犯で新自由主義の経済政策を推進し、上下に二極化した階層社会をつくりだしてきたことへの中間層の憤りが生んだ「革命」なのだと著者は主張する。
 トランプに強固な思想はないが、だからこそ、トランプを「媒体」に革命を起こそうとする知識人には都合がよい存在だ。トランプ周辺には、2000年代以降の過剰な対外介入を思想的に支えた新保守主義を批判する「国民保守主義」者が集ってきた。臆面もなく国益第一を掲げ、NATOや日米安保条約などグローバルな安全保障戦略の要となってきた同盟関係に懐疑的な発言を繰り返すトランプは、異端扱いされてきたが、建国以来の長い孤立主義の時代に鑑みれば、国民の疲弊を顧みない海外介入が常態化した現代こそが異常ともいえる。トランプの対外関与の全面縮小論は、建国時のあるべきアメリカに回帰しようとする「国民保守主義」の台頭と呼応するものだ。
 トランプは選挙で負け、政界から去ることになるかもしれない。しかし、トランプ現象をもたらした諸力はまた別の「媒体」を見つけ、アメリカの政治社会に影響を与え続けるだろう。直近の大統領選の結果を越えてアメリカの行方、それと向き合う日本の針路をじっくり見定めようとする人の必読の書である。
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あいだ・ひろつぐ 1951年生まれ。ジャーナリスト・思想史家。共同通信でワシントン支局長や論説委員長、その後青山学院大教授などを務める。著書に『破綻(はたん)するアメリカ』『トランプ現象とアメリカ保守思想』など。