12本の短編を収めた作品集。日常の風景から、ちょっと不思議なおとぎ話まで、さまざまな舞台を通じて、主に家族関係の中で揺れ動く物語が描かれる。表題作は母をテーマにした作品だが、ほかに親子やきょうだい、祖父母と孫など、身近な人間関係にまとわりつく葛藤やわだかまりが、短いページの中で浮き彫りにされる。ともに暮らす家族は、自分を支えているものでもあり、自分を縛りつけているものでもある。一見ありふれたできごとの陰で、誰かの心の中でうごめき、広がっていく感情の波が、ていねいだが大胆で詩的なイメージですくいとられていく。
生活をともにしていても、必ず残る心の距離。関係が近いからこそ感じる隔たり。身近にいるあの人の中には、こちらからたどり着けない、その人だけが抱えこむ「わたしの世界」が広がっている。その現実に直面した孤独感や断絶感が描かれる一方で、物語はそこにこそ差し込む光をとらえようとする。誰かの内側の世界に少しでも触れることができたような、つかのまの感触。自分自身でなじめなかった「わたしの世界」とどこか折り合いがついていく解放感。寂しいのに、すがすがしい気持ちにさせられる物語と表現が、強く心に残った。=朝日新聞2024年9月7日掲載