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「実録・苦海浄土」書評 石牟礼・渡辺 「魂の連携」たどる

評者: 安田浩一 / 朝⽇新聞掲載:2024年09月21日
実録・苦海浄土 著者:米本 浩二 出版社:河出書房新社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784309031811
発売⽇: 2024/05/27
サイズ: 19.4×2cm/224p

「実録・苦海浄土」 [著]米本浩二

 水俣病被害者の苦しみを描いた『苦海浄土』は、作家・石牟礼道子の代表作として知られる。初稿となったのは、地域文化誌「熊本風土記」で石牟礼が連載した水俣病ルポだ。この時の編集者が渡辺京二だった。石牟礼と出会ったことで「世界を見る目が変わった」と渡辺は著者に語っている。書き手と編集者の関係を越え、双方の類いまれな才能がぶつかり合う。恋愛関係とも違う。そうした簡便な表現では追い付かない、ヒリヒリするような「魂の連携」が二人を衝(つ)き動かし、いつしか水俣病闘争という「公的な領域」に踏み込んでいく。
 こうした二人の生き様を軸に、本書は『苦海浄土』誕生の軌跡を追う。
 共産党の武装闘争放棄を機に共産党を離党して編集者となった渡辺は、1965年、熊本に帰郷し、「熊本風土記」を創刊する。その際、執筆陣の一人として声をかけた相手が水俣育ちの石牟礼だった。10代の頃に自殺未遂を繰り返していた石牟礼はその頃、孤独な時間を埋め合わせるように、書くことに没頭していた。詩人・谷川雁(がん)が主宰する表現者集団「サークル村」に参加、民衆史を手がけるようになっていた。
 二人の邂逅(かいこう)は、連載「海と空のあいだに」を生み出し、後に『苦海浄土』として講談社から刊行されることになる。書籍化に際してなぜタイトルが変わったのかというエピソードも含め、名作誕生秘話は興味深い。
 一方、本書の白眉(はくび)ともいうべきは、二人が交わした手紙の文面から浮かび上がる、子どものように純粋で、時に痛々しいまでの世界観だ。水俣病患者が石牟礼に憑依(ひょうい)し、その石牟礼が渡辺に憑依する。
 「僕たちがともに死ねるところがあるとすれば、それはただバリケードの上でだけなのです」
 手紙に記した渡辺の言葉が全てを表す。二人は回転する対のコマのように惹(ひ)かれ合い、ぶつかり合い、激しい時代をともに駆け抜けたのである。
    ◇
よねもと・こうじ 1961年生まれ。毎日新聞記者を経て著述業。著書に『評伝 石牟礼道子』(読売文学賞評論・伝記賞)など。