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「黴の生えた病棟で」書評 組織の持つ危うさをえぐり出す

評者: 有田哲文 / 朝⽇新聞掲載:2024年10月05日
黴の生えた病棟で ルポ 神出病院虐待事件 著者:神戸新聞取材班 出版社:毎日新聞出版 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784620328072
発売⽇: 2024/06/24
サイズ: 18.8×0cm/248p

「黴の生えた病棟で」 [著]神戸新聞取材班

 報道という商売は、罪深いほど移り気だ。事件や問題が起きた時には驚きをもって報じるが、続報が途切れると、潮が引くように取材しなくなる。「他にニュースがあるので」と釈明はするものの、本当は問題意識を持ち続けるスタミナに欠けているだけではないか。反省。
 事件が一段落しても、担当が替わっても、重要だと信じるテーマに食らいついていく。言うほど簡単ではない仕事を、神戸新聞の記者たちが成し遂げ、本書に結晶させた。2020年に神戸市の精神科病院で発覚した患者虐待事件で、6人の元看護師らが起訴され、有罪となった。トイレで患者を裸にし、水をあびせる。患者の陰部にジャムを塗り、別の患者になめさせる。おぞましい虐待はなぜ起きたのか。
 取材班が明らかにするのは、虐待を生んだと思われる土壌だ。金遣いの荒い理事長。その理事長の意向に沿って、もうけ主義に走る院長。患者の囲い込みが常態化するなか、医師や看護師のモラルが低下する。患者を「人ではなく、だんだんとモノとして扱うようになった」という職員の証言が重い。書名にある「黴(かび)」は、環境も人心も荒れた病院の象徴だ。
 生々しい現場報告だが、本書の優れた点はそこで終わらないことだ。院長が開き直るように言った「ウチは行くところがない人を預かっている」というひとことを取っかかりに、精神医療を取り巻く環境に切り込んでいく。日本社会が精神疾患とその患者にどう向き合ってきたのかが、えぐり出される。
 精神医療のあり方を考えるのに最適の本だ。同時に、組織というものの危うさを考えさせてくれる本でもある。閉鎖的な組織の内部で、非常識なことが「当たり前」になっていないか。変なことが変だと言えない空間になっていないか。あなたや私の通う会社は、学校は。事件の起きた病院が立ち直りつつあるのが、せめてもの救いである。
    ◇
神戸新聞取材班 執筆は前川茂之(まえかわ・しげゆき)、小谷千穂(こたに・ちほ)、安藤文暁(あんどう・ふみあけ)。