1. HOME
  2. 書評
  3. 「アジア系のアメリカ史」 連帯と抵抗の歩みを掘り起こす 朝日新聞書評から

「アジア系のアメリカ史」 連帯と抵抗の歩みを掘り起こす 朝日新聞書評から

評者: 三牧聖子 / 朝⽇新聞掲載:2024年10月12日
アジア系のアメリカ史: 再解釈のアメリカ史・3 著者:キャサリン・C・チョイ 出版社:勁草書房 ジャンル:女性学

ISBN: 9784326654451
発売⽇: 2024/09/02
サイズ: 2.1×19.4cm/296p

「アジア系のアメリカ史」 [著]キャサリン・C・チョイ

 アメリカ社会ではアジア系の躍進が目覚ましい。女性初の大統領を目指し、インド系カマラ・ハリスがドナルド・トランプと激戦を展開している。9月にはドラマシリーズ「SHOGUN 将軍」がエミー賞作品賞を受賞。主演兼プロデューサーの真田広之はアジア系2人目の主演男優賞、アンナ・サワイはアジア系初の主演女優賞を受賞した。
 しかしここで一つの疑問が湧く。活躍と同時並行で、アジア系への偏見や暴力が吹き荒れてきた事実をどう理解すればいいのか。新型コロナ感染が拡大する中、アジア系への憎悪犯罪が激増したことは記憶に新しいが、アジア系の歴史とは、偏見と暴力に晒(さら)され、国家や社会への献身も忘却されてきた受難の歴史だ。
 根本には、「非人間化」があると著者はみる。確かにアジア系は、とりわけ黒人と対比して「モデル・マイノリティ」といったポジティブなイメージでも語られてきた。しかし「勤勉」のイメージは容易に「脅威」に読み替えられ、「魅惑的」というアジア系女性のイメージは、「売女」に転化し、性犯罪や憎悪犯罪を生み出してきた。マルコムXの友人で、撃たれた彼に生きるよう言葉をかけ続けたユリ・コチヤマ。初の非白人の女性議員としてジェンダー平等に尽力したパッツィー・タケモト・ミンク。ハリウッドの白人監督がつくりだす一面的なアジア人役に抵抗したアンナ・メイ・ウォン……アジア系の「非人間化」に抵抗すべく、本書は多種多様な人物像を描き出していく。
 出身国や言語も違う人々を「アジア系」と一くくりにすることに疑問を感じる人もいるかもしれない。新型コロナが「中国ウイルス」と呼ばれ、中国人排斥の風潮が広がる中、日系も暴力に晒された。真珠湾攻撃後、日系と同一視されたアジア系に暴力が向けられた歴史もある。特定の集団が標的とされたとき、他のアジア系は「自分たちは違う」と異なる出自を強調したが、そのことは差別から彼らを救わなかった。アジア系同士の分断の歴史を踏まえた上で著者は、忘れられてきた連帯の歴史を丁寧に掘り起こしていく。そもそも「アジア系アメリカ人」も抵抗の文脈で生まれた言葉だ。ベトナム戦争が泥沼化した1960年代後半、エマ・ジーとユウジ・イチオカが、「東洋人」といった外部から押し付けられる分類を拒否し、この言葉を使い始めたのだ。
 差別や暴力に苦しみつつ、連帯と抵抗をやめなかったアジア系。読み進めるほどに平等な社会への希望がみなぎる、エンパワリングなアジア系通史の決定版だ。
    ◇
Catherine Ceniza Choy 米カリフォルニア大バークレー校教授。養子縁組、ジェンダー、移民、看護などを中心としたアジア系アメリカ研究者。