和製メディアプラットフォーム・noteがこの夏、国内ブログサービスウェブアクセス数でトップとなった。本作は、インターネット上の創作から選ばれる「創作大賞2023」で別冊文芸春秋賞を受賞した長編小説だ。
卯月咲笑(うづきさえ)は、横浜市郊外にある総合病院に新卒で入職し、五年目となる看護師。死亡退院率四〇%と言われる長期療養型病棟に勤めている彼女は、患者が「思い残していること」、そのことにまつわる人物の姿が視(み)える。「思い残し」を解消すれば、患者は安らかに闘病できる。卯月は素人探偵となり、当該人物の特定と問題解決のために奔走する。
長期療養型病棟という設定上、患者の病気が「治る」という展開作りは難しい。「治る」に替わるドラマとして、(「思い残し」を)「晴らす」という設定が採用されたのだろう。ただ、本作におけるミステリーは、六つのエピソードの起点と終点を明確化する装置にすぎない。本作は、看護師を題材にしたお仕事小説として高い達成を誇る。
読み心地は、ノンフィクションや日常エッセイに近い。説明口調になることを恐れず、新しい医療用語が登場すれば必ず地の文で説明を入れる。〈看護師は、自分の大変さを言語化できないと、内にためこむ傾向にあるから、吐き出せる人のほうが精神的に安定しやすい〉といった、当事者にとってはあるあるかもしれないが、一般読者にとっては新鮮な情報が満載だ。看護師として十年以上勤務してきた著者の経験が、遺憾無く発揮されている。
医療小説がブームだと言われるが、その多くは医師を主人公にした物語だ。看護師という仕事のリアル、その内面に溢(あふ)れている言葉を掬(すく)い上げるフィクションは、ごく少なかった。本作のヒットをきっかけに、後続が続くことを期待したい。
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文春文庫・847円。6刷3万8千部。「身近な人をみとった経験など、自らの体験に引き寄せた感想を多数頂いている。元看護師の著者だからこそのリアリティーも好評」と編集者。シリーズ化も決まり、11月6日に第2巻を発売予定。=朝日新聞2024年10月26日掲載