1. HOME
  2. 書評
  3. 「文化はいかに情動をつくるのか」/「ピアノを尋ねて」 浮かび上がる「皆同じで皆違う」 朝日新聞書評から 

「文化はいかに情動をつくるのか」/「ピアノを尋ねて」 浮かび上がる「皆同じで皆違う」 朝日新聞書評から 

評者: 望月京 / 朝⽇新聞掲載:2024年11月23日
文化はいかに情動をつくるのか――人と人のあいだの心理学 著者:バチャ・メスキータ 出版社:紀伊國屋書店 ジャンル:人文・思想

ISBN: 9784314012096
発売⽇: 2024/08/28
サイズ: 12.8×18.8cm/384p

ピアノを尋ねて (新潮クレスト・ブックス) 著者:クオ・チャンシェン 出版社:新潮社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784105901967
発売⽇: 2024/08/29
サイズ: 18.8×2cm/176p

「文化はいかに情動をつくるのか」 [著]バチャ・メスキータ/「ピアノを尋ねて」 [著]クオ・チャンシェン

 同僚に「元気?」「How are you?」と聞かれたらなんと答えるのが正解か?
 自分の言動はその場の空気にうまく適合していないのではないか?
 現在ドイツの研究所でこうした些事(さじ)に日々悩み中の私は、オランダ人の著者の在米時の類似体験談から始まる『文化はいかに情動をつくるのか』に俄然(がぜん)惹(ひ)き込まれた。
 情動、つまり喜びや悲しみ、怒り、共感などは、誰もが持つ普遍的なものと思われがちだが、それをいかに感じ、表現するか、またそれをどう解釈するかはその人が育った文化の影響下にあり、実は世界共通ではないのだと著者は言う。
 たとえば、怒りを表す者が日本社会で好まれることはそうなかろうが、アメリカでは有能と判断され、当選や昇進につながりうる。オランダでは、相手にとって不快な内容でも率直に意見を伝えることが美徳や成熟のしるしであり、「真の絆」として社交辞令より評価されるとか。各文化圏における「正しい情動表現」とその背景を知らないと、人間関係の軋轢(あつれき)につながりかねない。
 一方、『ピアノを尋ねて』で描かれる、老いの入り口で「もっと何かをうまく成し遂げられるはずだった特別な自分」との自負を秘めた登場人物たちに漂う孤独と諦観(ていかん)は、情動の普遍性を感じさせる。主人公の衝動的行動に全面的共感はできないが、その心理描写に編み込まれる楽曲や、リヒテル、グールド、フジコ・ヘミングといった、国も文化背景も異なる往年のピアニストたちの生き方に通底する哀愁と諦念に親和性を覚えるのだ。しかしその受け止め方には私の日本人的共感バイアスがかかっているかもしれない……。
 皆同じで皆違う。わかるようで他者の真の理解は困難。学術書と小説の異なる道理と、共に私小説的な語り口から、多文化共生社会下の相互理解にも必須であろうそれらの意識が改めて浮かび上がる。
    ◇
Batja Mesquita オランダ生まれの社会心理学者▽Chiang-Sheng Kuo 台湾の劇作家、エッセイスト、小説家。